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タイの「帰ってきたヨッパライ」(253号)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2013.11.10 Sunday

 

やっぱり酒はやめられないねぇ。

 
チャオソンを知っているだろうか?  タイの村にいるとりわけ霊が憑依しやすい、いわゆる霊媒体質の人のことだ。超能力者というほどではないが、常人にはない特別な力を持っているとされる。村人たちは自分では解決できないことがあると、チャオソンのもとにお伺いを立てにいく。呪術師、祈祷師、降霊術師、占い師、預言者、さらにはカウンセラー、医者の役割までやったりして、今の時代でもなかなかマルチな活躍をしている。むしろ、社会的に激変している今のタイだからこそ、職業としてのチャオソンはますます繁盛しているらしい。
 先日、「これから凄いチャオソンに会いに行くんだけど、どうする?」
と、メーリムの実家にいる妻から電話があった。既に親戚一同が実家に待機、メージョーからプラーオへ行く途中にあるチャオソンの家を訪ねるところだという。躊躇していると、「あのケーオを呼び出してくれるんだから」と今回の特別な事情を説明する。妻の遠い親戚の婆さんの息子ケーオは、長年、酒浸りの生活を続けた挙句、メーテーンにあるドラッグ中毒患者収容施設の入退院を繰り返していたが、数ヶ月前に亡くなったばかり。先頃、お見舞いに行ったときには、完全に廃人状態だった。今さらそんな人をあの世から呼び出してもらっても、こちらとしては困るわけだが、肉親としてはやっぱり「もう一度会いたい」ものらしい。
 1001号線沿いにあるそのチャオソンの家では、まだ朝8時頃だというのに、我々を含めて3家族30人以上もの人たちがその敷地内でうろうろしていた。このチャオソンは、亡くなった肉親や知人の霊を呼び出すことができるということで、10年ぐらい前から評判になり、今ではその「名声」が広く知れわたることになった。あの世から特定の人を呼び出すためには、おそらく大変なパワーが要るのだろう。1日に対応可能なのは3人までに限られ、完全予約制だ(なんか歯医者みたい?)。ちなみに、呼び出し料は399バーツ、599バーツとその内容によって差がある。所要時間はほぼ1時間、時給として考えるとかなりの高収入である。
 トップバッターの家族が終わり、いよいよ我々の番となる。これまでに会ったことがあるチャオソンは、いかにもそれっぽい着物風の衣装を身に着けていたが、彼女は白いTシャツにジーンズのいたってシンプルな服装だ。いきなりバタンと仰向けに倒れたかと思うと、しばらくそのまま動かない。一同、固唾を飲んで見守る。婆さんの姉が、「ケーオ、ケーオ、早くいらっしゃい」と宙に向かって話しかける。なんか三文芝居というか、田舎芝居の幕開けを見ているようだ。でも、見方によっては、前衛的な即興劇と言えなくもない。

 呼びかける声にチャオソン、いやケーオはようやく目を覚まし、やおら起き上がって「いったいここはどこだ?」とキョロキョロしている。婆さんは亡き息子の洋服を持参していて、それを帰ってきたケーオに着させる(ジーンズの上にジーンズをはかせなくてもいいと思うのだが…)。これで一応、お膳立ては完了だ。
これがオレのジーンズか?

 
 同行の親戚が本当にケーオかどうか、いろいろ質問をする。例えば、「日本人と結婚したのは誰?」と訊くと、ゆっくり部屋を見回してから、「あんただ!」と妻のほうを指差すといった具合だ。婆さんの目付きがだんだん真剣になっていき、息子と面と向かって話し始める。ケーオはお土産のラーオカーオ(タイの焼酎)をプラスティックのコップに注ぐと、一気にぐいっと飲み干す。アルコール中毒であの世へ行った故人へのお土産に酒を用意するなんて、タイ人はさすが寛容な心の持ち主である。
酒の効果もあってケーオは次第に饒舌になり、とぼけたジョークを言っては、親戚たちを笑わせる。現実の悲劇はいつの間にか大衆喜劇へと変わっていく。日本のイタコの口寄せなんかだと、神がかりというか、鬼気迫るような緊張感が伝わってくるものだが、こちらのチャオソンのパフォーマンス(?)では、もっと大らかでほがらかなムードに包まれる。国民性の違いと言えばそれまでだが、こんな脱力系の霊媒師のほうがかえってタイ人受けするのかもしれない。

 やがて婆さんは身を乗り出して、千バーツの札束を息子のポケットにねじ込む。文字通り現金な話だが、この場面がいちばんのクライマックスだった。あとで聞いたら、タイならではの複雑な家族内事情があるらしく、未払いの土地代金だという。このまま大金はチャオソンに支払われるのかと、他人事ながら余計な心配してしまったが、最終的にはシャツと一緒にちゃんと戻ってきたのでほっとした。
それであの金の話なんだけど…。

 
 チャオソンはまたバタンと倒れ、意外と簡単に憑依状態から醒めた。1時間ばかりの亡き息子との再会が終わった婆さんは、どこか吹っ切れた表情をしている。ほんとうにケーオがやってきたのかどうか、誰にもわからない。近松言うところの「虚実皮膜の間」のカタルシスによって、残された者たちの心の整理ができさえすれば、もうそれでよしとしよう。
あの世へ帰っていこうとしているのか?

 

 

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