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飲んべえ親父のチェンマイ子育て物語

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2014.05.26 Monday

 

今号のピックアップコラムは、
「飲んべえ親父のチェンマイ子育て物語」です。
筆者の中村さんは、いつも優しい眼差しで、
チェンマイでお子さんを育てる楽しさや苦労を書いて下さっています。
今回は、なんと、5月5日の起きたチェンラーイ大地震の震源地にいた中村さん。
その時の様子が臨場感を持って綴られていますが、
最後はやはりほのぼのとまとめてくださっています。


第75 話 「 チェンラーイ大地震 」 筆者 中村 正太郎


 5月5日午後6時頃、北タイ地方近年最大の地震
マグニチュード6・3の「チェンラーイ大地震」が発生しました。
震源地はチェンラーイ県パーン郡サーイカーオ町の地下7,4キロの地点でした。
 チェンラーイ県出身のお母ちゃんの家の住所が、
なんとこのパーン郡サーイカーオ町だったのです。
そして、チェンラーイ大地震がおきる3時間前には、
息子とお母ちゃんを車に乗せてパーン郡の実家に里帰りした我ら家族でした。

 この日は、久しぶりの里帰りドライブなので、パヤオ湖を見に行こうと思い、
パヤオ経由パーン郡の実家ということにしていました。
パヤオ湖に到着し有名なお寺へ参拝に行くと、ちょうどお祭りが行われていて、
1時間ほど見物してから実家に向けて再スタート、
その後50分ほどでサーイカーオ町にある実家に着きました。

 実家では久しぶりに会う息子とのご対面に祖父母はとても嬉しそうでした。
今晩の夕食は親戚みんなで食べられるムーガタに決定し、
夕方5時からムーガタパーティーとなりました。
 子供たちはパクパクとお肉を食べ、村の男衆は特製焼酎を飲みながら
久しぶりの里帰りに近況報告など話もはずんでいました。

 時計の針がまもなく6時を指す頃だったでしょうか、
突然、ドドーンという音と共にガラスの割れる音が聞こえ、
地面と家とそして、周りにあった全てのものが横に大きく揺れだしたのです。
 お父ちゃんは、何が起きたのかすぐには判らず、
これが地震だと気づくまでに2秒ほどの時が必要でした。
 先程まで食事していた全員が建物の何もない目の前の道路に非難しました。
お母ちゃんは息子の手を引き急いで家から離れ、
道路へ先に非難した者が「早く逃げろ」「こっちへ来い」と叫んでいます。
 まだ、家の中にいたお父ちゃんは、
家の柱にしがみついて動けなくなったお婆ちゃんの手を引き、
慌ててみんながいる所まで逃げたのです。
地震の横揺れで道路上に立っていることが出来ずに、
みんなは道路に座り込み地震の治まるのを待ちましたが、
その後も大きな余震が続き家に近づくことは出来ません。
余震の影響で家の天井板が次々に崩れて落下し、
家の中はわれた窓ガラスや照明器具のガラスの破片が散乱し、
地震の大きさにただただ驚くばかりでした。

 親戚一同は顔を合わせ「怖いな!これが地震か?」と
初めて経験する地震にただ驚くばかりでした。
午後7時過ぎには辺りが暗くなり、電気を点けようとしましたが、
地震の影響か停電したままでした。
被害にあわず壊れなかった家からローソクと懐中電灯を持ち出し、
皆が集まる本家の庭に灯りをともし、
庭の真ん中では焚き火が行われ親戚一同肩を寄せ合い、
地震の恐怖から逃れたのです。
 
 この日は家に入ることなど出来ずに、
被害の少なかった兄の家の玄関先で、
すぐに出られる体制を保ちながら夜を過ごしました。
 夜の10時頃「お腹がすいたな」と一言誰かが言うと、
すぐにカーオニャオ(もち米ご飯)と簡単なおかずが用意され、
緊張している皆のお腹も満たされました。
庭の真ん中にゴザを引き、ろうそくの灯りを囲みながら親戚一同が集まっています。
 数十分に1回くる余震に驚きながらも、親戚の人達は力を合わせ
地震の恐怖から逃れようとしています。

 そんな中、息子はお婆ちゃんの後ろに来て、
疲れきったお婆ちゃんの肩を揉み始めました。
日頃、お母ちゃんのタイマッサージのお店で、
お客さんにマッサージするのを見ていますから、
自然と息子も覚えてしまったのですね。
息子は得意になってお婆ちゃんにマッサージを続けていました。
怖い余震がある中での息子のマッサージは、
緊張したみんなの心にほんのひと時ですが、笑いを誘っていました。
 ただ今、息子・・・7歳と1ヶ月。

 

 

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