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クンター流カレン族生活体験 その31 ピー様にお詫び参り(301号掲載)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2016.01.03 Sunday

 


このせせらぎの辺りが手強いピー様の住処らしい。

 かなり以前のことだが、女将ラーの髪の生え際に妙なカサブタのようなものができてきた。隣家のモーピー(霊医)に頼んでお祓いをしてもらったり、怪しい塗り薬をすり込んだり大わらわだ。
 彼女の場合、たいていはこれで治ってしまうのだが、今回はなかなか炎症が改善しない。そこでとうとう「これはピー様の祟りに違いない。お詫びに行くから一緒に付いて来て」と言い出した。病院に行くのが先決だと思うのだが、「これがカレン族のやり方なのだ」と言い張られると、無下にも断れない。
 目指す場所は、川向こうの棚田を突っ切った先にある川の支流である。なぜここかと言うに、以前親戚の田植えの手伝いをした時どうにも我慢がならず、水辺の木陰に隠れて小用を足したというのである。 
 その際、いつもならば事前に樹木や水のピー様(精霊)に丁重な断りを入れるのだが、その時は急を要したので事後承諾(?)という形になってしまった。つまりは、その無礼が樹木と水のピー様の怒りに触れたということらしい。とりわけ、この場所での祟りの度合いは強く、断りを入れずに放尿した男性の場合、局所が異様に腫れ上がるといった手厳しい返礼を浴びているのだそうだ。
 せせらぎの手前に辿りつくと、いつにない神妙な顔でここで待っていてくれという。むろん、撮影は不可。人の目に触れることなく、持参の米を木の根元や水辺に備えてお詫びをするのが流儀なのだそうな。張りつめた気配を感じたのか、同行した飼い犬たちも付いていこうとしない。
 数分後、まだ緊張した面持ちで姿を見せたラーはこちらに目もくれず、さっさと畦道を戻り始めた。お詫びを済ませたら、よそ見をしたり振り返ったりしてはいけないのだ。
 日本人の感覚からすれば、実に馬鹿馬鹿しい話かも知れないが、彼女はこうやって40数年間を生きてきたのである。こうした精霊信仰は、きわめて日常的なものだ。たとえば、薬草取りや魚獲りなどで野山や川で食事をする時には、木の根元や川辺に焼酎を注ぎ、米やおかずをバナナの葉に包んでお供えにして「ちょっとこの場所お借りします」とお祈りをするのである。
 ところで、タイ語のピーという言葉には「精霊」を初めとして「祖霊」「霊魂」「悪霊」「幽霊」「お化け」などの幅広い意味が含まれているらしい。
そして、村の衆はとりわけ死後の「霊魂」をかなり身近に感じるようだ。たとえば、村の若い衆が亡くなったあと、台所で料理をしていたラーが「ヒッ」という奇妙な声をあげた。見ると横座りをした膝元にチョーン(アルミ蓮華)が転がっている。
「どうした?」
「ガス台の上から勝手に落ちてきたんだよ。誰も触っていないのに…」
 顔がこわばり、両腕には盛大な鳥肌だ。こういうことには、私はきわめて鷹揚かつ鈍感である。
「ふーん、たぶん彼が天に昇る前に挨拶に来たんだろう。ここでよく焼酎を飲んだり、料理づくりを手伝っていたもんなあ」
「やめてよ! ああ、怖い」
 すぐさまぐい呑みに焼酎を満たし、台所の隅に垂らして長いお祈りを始めた。その夜は、なぜか飼い犬たちがしきりに吠えた。ヘッドランプで外を照らしても、何も見えない。ラーによれば、これも死者の霊魂がさまよっている証拠だという。おかげで、何度も外付けのトイレ行に付き添う羽目になった。
 朝になると、今度は息子たちが騒いでいる。なにやら夜通し、何かが揺れるような感じ、あるいは何かを叩くようなカチカチという音が続いために怖くて眠れなかったのだという。
 とりわけ、次男の方が感じ易いらしく、夜になって葬儀の手伝いのために暗い道を通るたび、弟や友人を大声で呼んでは同行を求めたらしい。
 つまりは、なんにも感じないのは家族の中で私だけということになる。
 知らず知らずのうちに、いろんなピー様にとんでもない無礼を働いているのかもしれないが、まあ知らぬが仏、もとい、「知らぬがピー」ということで村に潜むピー様各位には平にご容赦願いたいものだ。



文・写真 吉田 清

(筆者プロフィール)
チェンマイ県オムコイ郡在住。カレン族生活体験民泊小屋番頭、ときどき物書き。ブログ「タイ山岳民族の村に暮らす」。著書『「遺された者こそ喰らえ」とトォン師は言った―タイ山岳民族カレンの村で』(晶文社)

 

 

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