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さくら寮日誌 (最終回)30年ぶりの旅立ち

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2016.04.11 Monday

 

チェンラーイ県で 「さくら寮」を営み、
山岳民族の子どもたちの教育をサポートされてきた三輪隆さん。
三輪さんによる執筆のコラム「さくら寮日誌」が、
今回で最終回を迎えました。
全141回、11年と半年間続いた長い連載が終わり、寂しくなりますが、
来月からは、さくら寮結成の成り行きについてのコラムが掲載される予定ですのでお楽しみに。



さくら寮日誌 最終回 
30年ぶりの旅立ち

30年前バンコクにはじめてきたころ、知り合った大学生がホテルに遊びに来た。

 初めてタイに来たのは今から30年前の1986年1月のことだった。
バンコクについた最初の夜、投宿した民主記念塔近くの中級ホテルがいきなり火事になった。チェックイン後、2時間ほどホテル界隈を散歩して帰ってきた私は、自分が泊っているホテルが煙をあげているのを眺めて呆然となった。幸いボヤで終わったらしく、鎮火したとのことで、部屋に戻ると荷物は無事だったが、すでに廊下にも部屋の中にも煙が充満していてとても眠れるような状態ではない。フロントに行って「部屋を変えてくれないか」と頼んだが、「大丈夫、もう火は消えてますから、ご安心してお泊りいただけます」と言われた。これが私が学んだタイ人の「マイペンライ」の使い方の最初だった。バンコク最初の夜は煙にむせ返りながら一睡もできなった。
 以来、ほんの1か月のつもりが、3か月が過ぎ、3年が過ぎ、30年が過ぎ、気がつけば人生の半分をタイで過ごしていた。これも片手間のつもりではじめたボランティア活動がいつしかライフワークになっていた。同じ場所に長くとどまりすぎたバックパッカーのなれの果てである。
そんな私も、3月末からしばらく家族を引き連れて日本に帰ることになった。6歳になる長男を実家のある岐阜の小学校に入学させるためである。
 という話をタイや日本の知人にすると、一様に怪訝な顔をされる。チェンラーイのような暮らしやすいタイの田舎で、のびのび子どもを育てられる環境にあるのに、何でわざわざ日本の学校に? 日本みたいに窮屈で管理でガチガチの社会で子どもを育てるのって、どうなのよ? まあ、確かに。でも私の田舎よりチェンラーイのほうが都会なんだが。
私も長男が生まれて以来、学校教育をタイで受けさせるべきか、はたまた日本で受けさせるべきか、決断しかねてきた。物価の安さと暮らしやすさからいえば断然タイだが、3人の子どもの教育費、医療費などを考えると、トータルの出費はトントンかもしれない。タイでもインターナショナルとか有名私立学校は授業料がめちゃ高いし、病院だって私立の高級なところは目の玉が飛び出るほどだ。
 いや、経済的な問題は親の都合として、重要なのはどちらで育ったほうが本人のためかである。わたしの田舎などはまだまだ排他的な農村共同体的体質が残っていて、タイ人妻を連れて来ると聞いただけで好奇の的である。それに比べたらタイは民族、国籍を問わず、外部の者をごく自然に受容する懐の深さがある。ただしタイ北部はここ数年煙害が深刻で、育ち盛りの子どもが安心して住めるような環境とは言い難い。うーん、一長一短である。
 私自身としてはタイで暮らしたほうが間違いなくハッピーだが、父親としては、息子を日本語で思考させ、日本的な文化や価値観に染め上げたほうが、わかり合えるし、味方につけられるという目論見もある。自文化中心主義というか、私の中の「利己的な遺伝子」のなせるわざだろう。
 30年の間にタイ社会のドラスティックな経済発展と変化、そのいい部分も悪い部分も見てきた。特に山地民の教育支援プロジェクトに関わっていたので、タイの教育現場、教員や子どもたちを取り巻く現状も目のあたりにしてきた。タイの子どもたちは素朴でやさしくおおらかというイメージがあるかもしれないが、この頃は青少年の非行問題が深刻化している。さくら寮の寮生たちが通う学校でも中学生、高校生の間でさえも飲酒、喫煙、麻薬、覚せい剤の使用が横行し、全校生徒の約1割の子どもの親が麻薬などの犯罪で服役中という衝撃的なデータもある。普通の若者たちも、ゲームやスマホに夢中で、学力は年々落ちる一方。山地民の生活水準もこの30年でずいぶん底上げされ、豊かになってきたのを実感できるが、それと反比例して人々のモラル意識は低下しつつある。
一方で私の日本に対するイメージは30年ぐらい前で止まったままで、日本の教育現場の実態についてはなおのことわからない。陰湿ないじめ、ママ友同士の権謀術数、小学校で学級崩壊が起こり、モンスターピアレンツが教員を委縮させていると聞いても、それでも教育の質は日本のほうがいくらかましかなと思ったりする。えっ、それって甘い考え?
 そう、私は最近の日本の状況をまったく知らないし、タイという国を客観的に見ることもできなくなっていて、ちゃんと二つの国を比較できる冷静な目を失っているということに気がついたのだ。
 であれば、今回しばらく日本に「ロングステイ」することは、日本の現状を体験的に理解し、また外からタイという国を客観的に見つめなおす絶好の機会にも思えてきた。なんとなく初めての国に移住するような感じでちょっとワクワクもしている。まずは、3か月ぐらいのお試し期間である。だめだったら帰ってくる場所があるのは気が楽だけど、最初にネを上げるのは妻か、息子か、はたまたこの私か?
 そんなわけで「さくら寮日誌」も今回をもって一区切りとさせていただく。これまでご愛読、ありがとうございました! またお会いする日まで、しばしのお別れ、「ポッカンマイ、ちゃーお!」


卒業生を送る会にて。気分はもうご隠居さん。

スタッフも次々と結婚していく。うれしいようなさびしいような。

さくらプロジェクトの新ピックアップトラック贈呈式。

 

 

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