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タイ国王崩御の報に接して(325)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2016.10.27 Thursday

 

今号のピックアップコラムは

タイに住んで25年以上という

ロバート・H・スガさんによる「タイ国王崩御の報に接して」です。

 

タイ国王崩御の報に接して

                  

 タイ在住日本人の一人としてタイ王室とタイ国民の皆様に心からの哀悼の意を表します。1928年(昭和3年)生まれの私はプミポン国王と6か月しか変わらぬ同年の老人で、タイと同じに皇室を戴く日本国民で、なおかつタイに移住して25年以上国王のご事績を身近に見分していますので、一入の感懐を持ってこの拙文を綴る次第です。
 プミポン国王は近代世界の国王の中で最も国とその国民の発展向上にそのご生涯を寄与されたお一人であったと思います。特にタイの基本産業である農業の分野に深い関心を持たれ多岐に渡る研究に没頭されたばかりでなく、ロイヤル・プロジェクトの名の下にタイの山野を跋渉され、直接国民をご指導ご鞭撻されてその結果が今日タイが世界の食糧庫としての貴重な地位を築いています。
日本の昭和平成両天皇もそれぞれの学術的御研究が世界的に認められるレベルでありますが、残念ながら直接国の発展に寄与するには至っていません。その現平成天皇がまだ皇太子であられた時にプミポン国王になされた助言がロイヤル・プロジェクトの一つとして実現され、アフリカから導入された魚ティラピアが今はプラー・ニンの名でタイ全国民の食材として普及し農業経済の拡大となっているのは私が以前「ちゃ〜お」に寄稿した通りです。
 また、飛行機による人工降雨作戦も成功し恒常化されているのは世界でタイだけではないでしょうか。数あるプロジェクトの中にはその実行可能性や採算上普通の企業では手の出ないものも多かったと推測しますが、国王ご自身が手を汚し私財を傾けての弛まぬご努力がそれらを立派な産業企業として確立できた最大の理由でしょう。
 一方、プミポン国王がタイ国民から熱狂的な尊敬と支持を集められたカリスマ性も忘れられないことの一つです。私見からすると、タイ人は日本人に比べて非常に個人主義的な人種ですが、国王の号令の下ではそれぞれの私利私欲を捨てて目標に向けて行進することによって国王を先頭とした国の発展を大きく推進してきました。
 世界最長70年のご在位中、何度かクーデターが起きましたが、いずれも大事に至らぬうちに収拾され、国の存立が危機にさらされ国民の生活が破壊されるようなことが無かったのは、国王の存在が大きく作用していたと思われます。日本の天皇家の存在や権威は敗戦によって大きく変わりましたが、タイ国王の権威は全く変わっていません。その一例としては不敬罪が存続し現行法として運用されています。それに対する批判は別としても、タイ国民に比べて戦後の日本国民はもう少し天皇、天皇家に敬意を払い大事に対処すべきではないかと戦前派の私は思っています。
 また、TVなどで80歳台後半になってからの国王の映像を拝見する度に、失礼な言い回しながら、「ご同輩どうぞお元気でもう少し長く生き延びましょう」と心の中で唱えていましたが、今は空しい思い出となりました。
 これらのことを考え合わせると、プミポン国王の崩御はタイ国民にとってどれほど深い悲しみと計り知れない損失であるかということがひしひしと感じられます。ここで改めてもう一度心からのお悔やみを申し上げ、今後は天上からタイ国民を変わらぬ愛情の目を持って眺めて頂けることを祈って筆を置きます。

                             文 ロバート・H・スガ

 

 

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