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野焼きの誘惑

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ26号 野焼きの誘惑 このところ、何となくぼーっとしている。クールシーズンからホットシーズンへと移行するこの時期は、体調も頭のなかももうひとつ冴えない。外の景色も揺らぐように霞んでいる。空気の温度変化も一因かもしれないが、明らかに山火事の煙が影響している。そのことは、チェンマイ市内にいるとよくわからないけれど、郊外に出てみればすぐさま納得することになる。
 先日、サムーン〜チェンダオ〜チェンラーイ方面を車で回ったときも、あちこちで火の手が上がっているのを目にした。チェンダオ奥の山岳民族の村付近では、収穫後の広大なトウモロコシ畑一面が黒々となっていて、昼間なのに空が暗く見えたほどだ。道路脇すぐの竹薮にまで背丈の倍以上の炎が押し寄せていて、走行するのもおっかなびっくりだったところも何箇所かあった。とにかくやたらと煙い。むせかえるような感じだ。これでは24時間タバコを吸いっ放しと同じで、身体にいいわけがない。いくら焼畑のシーズンとはいっても、これはひどい。今年は例年より極端に乾燥しているせいかもしれないが、それにしても限度を越えている。
 山岳民族による焼畑は、伝統的農法としてある程度は許容せざるを得ない側面もある。
 ただ本来の焼畑は数年耕作したあと15年〜20年ぐらいの長い休耕期間を置くのが前提で、現在のように移動して畑を切り拓いていくことが不可能な状況では弊害が目立つようになってきている。もともと土壌の養分が流れやすい山間の傾斜地を連作することによって、さらに収穫量が減り、それを化学肥料で補う・・・といった悪循環が生まれている。山岳民族に定住化を強制するタイ政府の政策に非があり、伝統的な焼畑はかえって自然環境に適した農法だと主張する意見も見受けられるが、そうだろうか? 話はそう単純ではないはずだ。昔のように自給自足的な経済圏でひっそりと暮らしている分にはよかったかもしれないが、今では交通の発達や貨幣経済の浸透により、山岳民族の農業も商品経済システムに組み込まれてしまっている。例えば、トウモロコシは家畜の飼料として大量に業者が買い取っていく。従来のような自然に優しい混作は次第にすたれて、もっと効率的な単一品種の大規模栽培に取って代わられる。そのときに昔ながらの焼畑農法を適用すれば、どうしたって自然環境に対する悪影響は避けられない。この大きな社会的な流れのなかにあっては、ユートピアのような素朴な山の暮らしは儚く消えるのを待つばかりなのだろうか? 問題は表面的な政策などにあるのではなく、むしろ山岳民族をも含めた我々の心のベクトルにあるように思うのだが・・・。
 山岳民族だけを犯人扱いしては片手落ちというものだ。山火事の出火原因は、焼畑だけではない。日本人の感覚としてはとんでもないことだが、故意に山火事を起こすことも多い。竹薮などが燃えている場合は、誰か火をつけた者がいると考えたほうがいい。焼いた後しばらくするとタケノコが生えてくるのだ。それだけでなく、山焼きをしたほうが野生のキノコが生えやすくなるという。土壌のpH値や微生物との関係があるのだろうか? いつか専門家の説明をきいてみたい。タケノコやキノコが食べたいのは山々だが、そのために山を焼くのだとしたらシャレにもならない。キノコが何より大好物の私としては複雑な心境だ。肺炎になっても、キノコを食う覚悟ができているかどうか、いささか心もとない。
 論外なのは、単に草刈りが面倒なので火をつけてしまうケース。これが結構多い。かねてからの観察によれば、タイ人は先天的放火魔の疑いがある。枯草をみただけで、すぐ火をつけたがる。昔、住んでいたアパートの前には広い原っぱがあり、3月になると毎年のように火事になって消防車が出動していたものだ。枯れたものが燃え上がって一瞬のうちに灰になってしまう過程には、確かにある種のカタルシスがある。この快感は認めるものの、これだけ乾いた空気のなかでさっと火をつける勇気というかマイペンライ気質には呆れてしまう。もちろん違法行為なのだが、町の近くで草が燃えていても、人々は平然と通り過ぎていく。田舎の村でも役所から任命された山火事監視委員が何人もいることになっているが、あちらからもこちらからも煙がもくもくと上がりっ放しである。山火事が日常茶飯事なので、もはや火と煙に対する感覚が麻痺しているようにも思える。数年前のスマトラのように手遅れにならないうちに、行政側にもしっかり対処して欲しいものだ。ロングステイを誘致しておきながら大気汚染は野放しでは、いずれ外国人高齢者にそっぽを向かれかねない。
 野焼きというと、ドイ・メーサロン付近のリス族の村での個人的体験を思い出す。毎年、ひょんなことから知り合って親しくしていた家族と農作業を一緒にすることにしていた。十数年前のある年に訪問したときはちょうど焼畑の季節だった。少し離れた山の畑に出掛け、まんべんなくワラを撒いていく。周囲の土地にいたずらに燃え広がらないように、境界には予め土だけの部分を作っておく。火をつけると、みるみるうちに炎が斜面を走っていく。何も出来ない私は、その炎の迫力と美しさに見とれるばかりだったが、経験豊富なおじさんはさすがに手馴れたもので、竹竿一本で火の勢いと方向を完璧にコントロールしていた。この職人的な技を見て、焼畑も立派な文化だと思った。まだ14歳の笑顔が可愛い娘さんも即戦力として奮闘、精一杯走り回って火の行く手をうまく誘導していた。近くにいるとかなりの高温になるためか、それを避けるように麦藁帽子でときどき顔を被ったりしていた。燎原の火を見るたびに、その光景が炎の向こうに揺らぎながら甦ってくる。

(One-Two Chiangmai 26号掲載)

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