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キノコが我が家にやって来た

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ35号 きのこが我が家にやってきた こんな表題をつけてしまうと、宅急便かなんかでキノコが届いた話かと勘違いする方もいるだろう。いくら私がキノコ好きだと馬鹿のひとつ覚えのように吹聴しても、そんなに気の利く友人はいるはずがない。もちろん、キノコに足が生えてのこのことやって来たわけじゃないが、言ってみれば、まあそれに近い話なのである。しかも、密かに足音もなくやって来たような感じだ。
 先日、メージョーへ行く途中の市場に立ち寄ったときに大きめの野生のキノコをみつけた。いつものように値段も確かめずにすぐさま買い求めようとしたところ、脇から妻が「これなら家にあるから」と制止する。このときは、家というのは「冷蔵庫の中」と解釈していたのだが、帰宅後に連れて行かれたのは庭の片隅であった。「ほら、あそこよ」と指し示されたピープの木の根元あたりを見ると、なるほど大きなキノコがいくつか笠を広げている。ところどころカタツムリに食われて見栄えはよくないが、十分過ぎるほど立派なキノコである。
 ちょうどメーテーン奥の山村から遊びに来ていたキノコ採りの名人婆さんが「これはヘット・コーン・ルアンだよ」と教えてくれた。ちなみに、この婆さんは妻の兄の別れた嫁さんの母親で、冷静に考えればまったくの他人なのに、頻繁に我が家に泊まりに来る。それを嫌な顔ひとつせず受け入れている私は心が広いと思われているが、何のことはない、ただキノコのお土産を期待しているだけのことである。
 この木の周りを観察すれば、土が盛り上がっていて、シロアリの塚だとすぐ判る。言うまでもなくシロアリは非常にやっかいな存在で、家の柱、ドアから樹木の表皮まで食われてしまう。我が家のドアも被害に遭っているが、我が家といっても借家なので、食われるままに放置している。シロアリ塚に対しても、何らの処置もしていない。本来なら、電信柱などにビラが貼ってあるシロアリ駆除業者を呼べばいいのだろうが、アリが死ぬのだから人間の体にいいわけがないとそのままにしてある。通常の価値観からすれば忌み嫌うべきところから、いつのまにかキノコが生えてきたのはいかにも暗示的である。自然界には善悪もないし、無駄なものも一切ないことを教えてくれたような気がする。それにしても、暇さえあれば庭をうろうろしていたのに、この大きさになるまで気付かなかったのはどうしたことだろう。前号の記事のなかでは、遥かミャンマー国境近くまで探し求めた垂涎のキノコ=ヘット・コーンが、こともあろうに我が家の庭先に忽然と現れるとはまったく信じがたい。キノコへのあまりに熱い思いがここに現実化してしまったマジック、神秘現象なのか? それともキノコ中毒による幻覚症状なのか?
 前号でご紹介したキノコは俗にヘット・コーン・プルアック(プルアック=シロアリ)と呼ばれ、文字通り山中のシロアリ塚から生える。前出の婆さんによれば、今回みつかったヘット・コーン・ルアン(ルアン=黄色)はより肉厚で大きく、山よりも田舎の家の庭先や農園などに生えていることが多いそうだ。そこにシロアリの塚があれば、なお生えやすいという。シロアリは分類的にはアリではなく、実はゴキブリの仲間に近い。その排泄物や分泌物がキノコの生育環境にプラスにはたらくのだろうか。アリやシロアリというと、あの『青い鳥』の作者メーテルリンクを思い浮かべる。彼には社会的昆虫を凝視した博物誌的作品がある。『蜜蜂の生活』『蟻の生活』に並ぶ3部作のひとつ『白蟻の生活』という本を書いているが、シロアリとキノコの妖しくも不思議な共生関係については触れていなかったように思う。こうした事実を知っていたなら、この神秘主義的作家はさぞ鋭い洞察をしたに違いない。
 キノコを前にして、いつまでも物思いに耽っているわけにはいかない。やっぱり、私にとっては食ってナンボのキノコである。隣に住むプレー県出身の奥さんが庭から採ってきたキノコを見て「それは、焼いて食べるのがいちばん」とアドバイスをくれた。ひだひだに入り込んだ砂をきれいに洗い流そうとしたら、さらに見てくれは悪くなってしまったが、味には関係ないのでマイペンライ。普通は塩焼きでいくところを、今回は手元にあった特製日本醤油をつけて焼いてみた。最初はどうしてもしなっとなりがちで、ヘット・コーンならではのしゃきっとした噛み心地がもうひとつ。あれこれ試行錯誤の末、まず弱火で乾燥させてから焼けばいい、とコツを習得したときは既に残り少なくなっていた。それでも、ただでさえ香り高いこのキノコと日本醤油をあぶった香ばしさのブレンドは絶妙。期待に違わぬ逸品だった。
 食後のひととき、その香りの余韻に浸りながらPCに向かっていると、タイミング良くというか悪くというか「別荘の庭で採ったキノコをスープとソテーにして食べ死亡」とのインターネットのニュースが流れてきた。ちょっと心配になって、[キノコ、食中毒]で検索してみたところ、ますます不安を煽るような情報が出てきた。曰く、「キノコの素人判断は危険です(名人の鑑定だから…)」「安易に野生のキノコを食べることはやめましょう(安易と言われてもそんな…)」「種類の判別は科学的に同定できる専門家にみてもらいましょう。自称名人の鑑別はもっての外です(他の人も名人だって言ってたし…)」「毒キノコの簡単な見分け方はありません(そんな言い方をしなくても…)」「きのこを食べるときには食べ過ぎないように(今さら遅いって…)」「大きくなったものは食べないようにしましょう(そう言えば結構、大きかったけど…)」「人にあげたキノコで食中毒になった事例があります(隣の奥さんにあげちゃった…)」などなど。
 さらに「週間おぇ〜ランキング」まで発表している「食中毒への道」という凄まじいサイトを発見した。最近、シーサンパンナ土産の納豆漬けが原因と推測される酷い食中毒からようやく回復したばかりの私としては、他人事ではない気持ちでページをめくっていたのだが、そのある投稿レポートに対するコメントを見て絶句した。「よく『キノコ名人』とか『キノコ狩りのベテラン』とか自負している方々でも。結構高確率でまちがえて毒キノコを食べちゃってます。キノコは怖いですよー」 ここまで言われれば、もう覚悟を決めるしかない。キノコ採り名人の婆さん(できれば美少女がよかったんだけど…)と運命を共にするまでだ。幸いにもその後、何の体の変調もなく無事に今日まで至っている。やっぱりあの婆さんはホンモノの名人であったと改めて尊敬した次第。
 野生のキノコは旨そうだが、まだ死にたくはない、という人にはヘット・コーン・イープンなる栽培種のキノコをお奨めしたい。味の深み、香りは野生のものにはかなわないが、それでもヘット・コーンと名乗るだけのことはある。ワロロット市場やリンピンスーパーなどでよく見かける。日本では「しゃっきり茸」とか「やなぎ松茸」とか呼ばれているものだとか。和風だけでなく、イタリア風の味付けでもいけそうだ。
 さて、『青い鳥』のように、往々にして求めるものは身近にあると悟ってからは、庭の木の下を毎日注意して眺めているのだが、そうなるとキノコもさるもので、なかなか姿を見せてくれない。諦めた頃にひょっこりやってくるのかもしれない。何ごとも思った通りにはいかないが、それもまた自然の懐の深さなのだろう。

(One-Two Chiangmai 35号掲載)

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