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塀の中の世界

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ36号 塀の中 いくら物騒な世の中になったとはいえ、日本ではヤクザでもない限り、犯罪人が身近にいることは稀だろう。私も自由業的な仕事をしていた関係上、ときには「所詮ヤクザな稼業ですから…」なんてポーズで口走ったことはあっても、もちろんホンモノのヤクザではなかったので、犯罪人の知り合いなどいなかった。ところが、タイに住んでからは、どうしたことか犯罪人がずいぶん近しい存在になった。それも、ひとりやふたりじゃないから困ったものだ。
 山岳民族の村では、家族の者が警察に捕まったとか、刑務所に入っているといったことはざらにある。ほとんどが麻薬の売買や運搬に関わっての罪によるもので、長期懲役、死刑などの重罪に処せられる。昨年来のタクシン政権の麻薬覚醒剤撲滅キャンペーンでは、容疑者というだけでいきなりズドーンとやられて、刑務所に行く前にあの世行きとなったケースが多々あった。警察当局によって殺害された麻薬関係の容疑者は2000人以上というからハンパではない。アムネスティなどの人権団体から人権侵害として問題視されているのも当然だろう。
 私が個人的に15年前から関わっているリス族の家族の場合は、父親がヘロインの取引による罪で懲役25年の服役中、しかも母親がどうしようもない麻薬中毒で、薬断ちのために刑務所や麻薬療養所を出たり入ったりしている。こんな両親だから、子供たちもすんなり育つわけがない。寮制の学校にいるときは、私でも親代わりとして何とか面倒をみることができたが、そこを勝手にドロップアウトしてからはもう手に負えない。これまでに4人の子供のうち2人が少年院や刑務所のやっかいになっている。長男は窃盗の罪、次女は覚醒剤所持の罪である。
 メーリムにある少年院の家族面会日に行ったことがある。3ヶ月程のここの暮らしで、次女は別人のように丸々と太っていた。少年院の飯はそんなにうまいのか!? 面会といっても刑務所ではないので、緊張感はまったくない。広場で家族仲良くガイヤーンやらナムプリックで飯を食っている様子は、まるで運動会の和やかな昼食風景そのままだ。子供をたしなめたり、叱っている親はひとりもいない。過去に悪事をはたらいたとしても、現在はとにかくナーソンサーン(かわいそう)という慈悲深い感情がまさっている。タイでは、問題を起こした子供に対しても甘い三田佳子派が圧倒的で、親子の関係を絶つような淡路恵子派はごく少数である。妻の親戚がやはり少年院に入ったときも、親はかわいそうにとギターをプレゼントしている。こんな環境だから、収容者たちもちゃんと反省できるわけがない。この次女にしても、その後、青少年裁判所に私が親代わりの保証人として出廷して、晴れて自由の身になったものの、すぐその翌年にはまた覚醒剤所持で捕まってしまった。今度は刑務所に収容され、しかも服役中に行方不明の男性との子を出産するというおまけまで付いた。
 県庁向かいの立派な刑務所には、テレビを盗んで捕まった長男の面会に行った。現在は女性犯の収容所になっている旧刑務所はムアン・チェンマイ郡役場のすぐ後ろにある。重要な行政機関と刑務所が隣接しているのは、いかにもタイらしい。刑務所の面会時間は通常8:00〜14:30だが、麻薬関係は9:00〜12:00、13:00〜15:00である。この時間帯は多数の家族が面会に詰めかけているが、とくに山岳民族の姿が目立つ。差し入れ用の食料やお菓子などの売店もある。規則では、炊いたご飯は1袋2kgまで、おかずは2袋1kgまでとなっている。番号順にグループごとに呼ばれてガヤガヤと面会所に入っていく。TVや映画のなかではドラマチックなシーンとして盛り上がるところだが、ここでは雑然とした雰囲気のなかで多数の人が同時にご対面となる。窓越しのやりとりは、切符を買うときに駅員と話すような感じだ。塀の中はさぞ辛かろうと思えば、長男は「刑務所の中ではコーヒーを売っている。金の心配も食う心配もないから外にいるよりずっと気が楽だ」なんて言うので、まったくずっこけてしまった。
 ずいぶん前のことになるが、長女と次男にせがまれて、ランプーンの刑務所で長期服役中の父親に会いに行ったことがあった。壁に貼ってあった資料を見ると、ここでも麻薬関係の罪に問われた山岳民族の収容者が急増していて、スペースが足りない状況だった。まったく偶然にもその日は年に1回の特別面会日で、この日に限って家族なら塀の中に入れるという。外国人の私もなぜか家族と認められて、刑務所の中に生まれて初めて足を踏み入れることになった。中庭では、ルークチンや焼き鳥の屋台が出ていて、祭りの縁日かと錯覚してしまいそうだ。さすがにビールや酒は見当たらなかったが、ジュースやコーラは売っていた。面会というより、囚人とその家族が束の間のピクニックを楽しんでいるといった方がふさわしい。8割方は麻薬取引がらみの山岳民族のようだった。いわゆる極悪人が罪を犯した場合と違って、ごく普通の村人がやむにやまれぬ事情から悪いとは知りつつ麻薬の商売に関わってしまったわけで、本人も家族も罪の意識は低い。試験のカンニングと似たようなもので「みつかったのがアンラッキー」といった程度の認識に過ぎない。それにしては、その代償はあまりに重いのだが。
 会ってみると、中国系の血が混じった父親はなかなかハンサムで、立派な感じの人だった。長女とは数年ぶり、次男とは赤ん坊のとき以来の対面だった。次男にとっては実質的に初めて目の前にした父親だった。あのどうしようもない母親ではなく、この父親が子供たちの近くにずっといたなら、彼らの人生ももう少し違ったものになったはずなのに…と思わずにはいられなかった。
「ご迷惑をおかけした。面倒をみていただいて本当にありがとう」 これまで一度も母親からも子供たちからも感謝されたことはなかったし、感謝を求めたこともなかったが、実の父親からの言葉には確かな重みがあった。彼は刑務所内では木工、彫刻関係の労働をしていて、担当職員の話では作業態度も模範的なので恩赦の日も近いとのことだったが、5年前の国王72歳の誕生日にも釈放されることはなかった。王妃72歳の誕生日の恩赦を受けることはできただろうか? 頼りない父親代理としてもちょっと気になるところだ。

(One-Two Chiangmai 36号)

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