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ランナー娘の行方

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ38号 ランナー娘の行方 我が家の朝は音楽で始まる。本来なら優雅なモーツァルトやアンニュイなボサノヴァでコーヒーをすすりたいところだが、流れているのはVCDカラオケのタイ・ソング。朝っぱらからガチャガチャした音楽など聴きたくないのに、3歳の娘が歯磨きをするより前にお気に入りの曲をかけてしまうのだ。ついこの前まではヒット映画『フェーン・チャン』の「オーイェ、オーイェ、オオイェ」の掛け声が楽しい『コンサート・コン・ジョン』で、少なくとも200回以上は聴かされただろうか。眠気覚ましというか、朝の景気づけにはうってつけ。「お父さんは今日も頑張るぞ〜!」なんて心にもない気持ちに10分ぐらいはさせてくれる曲である。それが最近になってようやくランナーのヒットナンバー『ワイチャイ・ダイ・ガー』に変わった。これもメロディが覚えやすい楽しい歌だ。毎日繰り返し耳にしているためか、車を運転しながら気付いてみると、そのフレーズを自然に口ずさんでいたりして…。
 この曲を歌っているランナー・カミンは前号の『歌ってみよう! タイの歌』でも紹介されているように、チェンマイでいちばん有名な女性歌手スントリー・ウェーチャーノンの娘さんだ。ランナーはてっきり芸名だと思っていたら、本名だという。スントリーは数年前にエイズで亡くなった男性歌手&ギタリストのジャラン・マノーペットとのコンビでチェンマイ語による『サーオ・チェンマイ』を大ヒットさせて、北タイの音楽界で確固たる地位を築いた。彼らの音楽スタイルは、シンプルで美しいメロディをアコースティックなサウンドで奏でるランナー・フォークソングとでもいったらよいか。いわゆる伝統音楽とはちょっと違っていて、ランナー風メロディをカントリー・ミュージック的サウンドで味付けしたような趣がある。オリジナルティ溢れるモーラムから派生した躍動的なイサーン音楽などと比べると、どうしても音楽的インパクトが弱い感がすることは否めない。ただ、これはこれでいかにもゆったりとしたランナー世界独特の空気が揺らぐように漂っていて、なかなか心地よいものだ。なお、スントリーはピン川沿いに音楽レストラン『スントリー』を開いている。ランナーが一躍スターになってからは、以前にもましてたくさんの人で賑わっているとのことだ。
 さて、この『ワイチャイ・ダイ・ガー』のミュージック・ビデオを見てみよう。モン族の刺繍模様のスカートをはいた女の子(愛嬌があってカワイイですよ)が自転車をギーコギーコこぎながら、チャリーンチャリーンとベルを鳴らして路地から表通りに出ていく。この効果音だけのイントロを受けて、音楽がスタートする演出が心憎い。よほど早朝に撮影されたとみえて、車も人通りもほとんどない。ノスタルジックな雰囲気を出すことに狙いがあったのだろう。当然ながら、現実の交通渋滞は画面に登場しない。歩行者天国のシーンを挟んで、締めくくりはランナー自身のお寺での境内ライブシーン。皆で「ワイチャイ・ダイ・ガー」と合唱して盛り上がる。
 この曲の歌詞がまた面白い。他の土地(おそらくバンコク)から来た女性に惹かれるボーイ・フレンドにコン・ムアン(北タイ人)の女性が「ワイチャイ・ダイ・ガー」と何度も忠告するような状況設定になっている。チェンマイ語の「ガー」は、タイ語の「マイ」や「ルー(プラーオ)」にあたる。つまり、この繰り返しフレーズは「信用できるの?」「信じていいの?」といった意味になる。「口が紅い(口紅をつけて)」「顔がきれい」「ほっぺたが白い」「目がスイート」「短いシャツを着ている(へそ出しルック)」「ミニスカートをはいている」「離れた土地にいる」……それぞれの言葉の後にそれでも「ワイチャイ・ダイ・ガー」と続くわけだ。さらに「ワタシじゃなくても、信じられるの?」というオチもついている。
 なかでも笑ってしまうのは「パッガージョーは食べたことはあるけど、ピザなんて食べたことない。お腹が痛くなったら、どうしよう」という箇所。パッガージョーはどの家庭でも出てくるようなアハーン・プーンムアン(チェンマイの田舎料理)の定番メニュー。菜の花の葉と肉をタマリンドの実を溶かした酸っぱいスープで煮込んだものだ。ピザは今でこそチェーン店の進出によって街なかで暮らす若者には一般的になったものの、ほんのひと昔前まではファラン観光客の臭い食べ物だった。現在でも田舎でピザといえば、市場で売っている10バーツぐらいのピザもどきのことである。年配のチャオ・バーン(村人)は、それさえ食べたことがない人がほとんどだろう。
 この歌がバンコクでも受けた理由のひとつは、「チェンマイ語の響きが妙だけど面白い」ということらしい。それも『サーオ・チェンマイ』のようにすべてチェンマイ語ではなく、タイ語とチェンマイ語が半々ずつであるから余計にその面白さが引き立って聞こえる。言葉の異化効果がそこに働いていると言ってもよい。東京の人間が大阪弁を使った歌に不思議な魅力を感じるようなものだ。例えば、上田正樹が「逃げたらあかん」と歌う『悲しい色やね』とか、桂銀淑が「あほやねん、あほやねん、騙された私があほやねん」と歌う『大阪暮色』とか。後者の場合は韓国人が歌う大阪弁ということで、さらに複雑なニュアンスが生まれるのだが。これが笠置シズ子の『買い物ブギ』のように「わてほんまによういわんや」までいってしまうと、大阪人丸出しのずっこけた面白さはあっても異化効果は薄れる。おそらくバンコクの人にとってのチェンマイ語は、大阪弁以上の意外性があるに違いない。この歌をとりあげたあるテレビ番組では、画面にタイ語の字幕が流れたとも聞いた。それにしても、なぜ今チェンマイ語の歌なのか? やはりタクシン政権の動きを受けてのチェンマイ・ブームがその背景にあることを見落とすわけにはいかない。チェンマイの街なかにはバンコク・ナンバーの車が急増し、バンコク資本による不動産投資でバブルは膨れるばかりである。そのような状況のなかで、サーオ・チェンマイとファランとの間のハーフであるランナーが颯爽と登場した。ハーフの歌手育成にかけては抜群のノウハウに長けたグラミー社がこの絶好の素材を見逃すはずがない。あまりにできすぎたお膳立てではないか。
 北タイの心を歌う母とファランの父を持ち、学業のためにバンコクで育ったランナー。その歌には、コン・ムアンとしての確かなアイデンティティとともに、急速に変わり行くチェンマイに対する戸惑いものぞいている。彼女の置かれた境遇、立場がそのまま歌のなかに反映している。チェンマイはどこへ向かおうとしているの? このまま信じていいの? 立体交差のハイウェイを疾走しながら、いつしか虚ろに「ワイチャイ・ダイ・ガー」と口ずさんでいる自分に気づく。

(One-Two Chiangmai 38号)

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