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遺跡にときめく

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ40号 遺跡にときめく 遥かなる昔、少年少女向けの本でアンコールワットやボロブドール発見のエピソードを読んだときのことをよく覚えている。密林の中から、あるいは泥の中から、忘れられた廃墟のような遺跡が忽然として現れる…その情景を想像しただけで、心ときめく思いがしたものだ。言い換えれば、それが私にとっての遺跡の原光景となった。
 チェンマイ近郊のサラピー地区にあるウィアンクムカームはメンラーイ王がチェンマイ建設の前に一時的に都を置いたところとして俄かに脚光をあびつつあるが、ついこの間まではほとんど忘れられた遺跡だった。訪れる人も稀で、いくつか発掘された古寺も草の中に埋もれるようにひっそりとしていた。遺跡の数とスケールの点では、スコータイやアユタヤに遠く及ばないが、個人的にはお気に入りの散策エリアだった。ひと通り修復されてはいても過度なものではなく、崩れたままになっている廃墟を思わせた。
 免疫学者の多田富雄さんは「ビルマの鳥の木」という本の『「老い」断章』というエッセーのなかで「この世でもっとも美しいものは廃墟である」と書かれている。さらに「文明の生理的衰退に合わせた長い長い時間をかけて、自然が不可逆的な物理的・化学的反応を進行させ、無駄なものをすっかり崩壊しつくして、隠し続けた何ものかが現れ、それで初めて廃墟が完成する」とも。廃墟としての遺跡の魅力は、まさにここに尽きるだろう。遺跡は崩れるままに任せるのがいいとずっと思っていた私は、この一文に素直な共感を覚えた。
 ただ廃墟としての美学に酔ってばかりもいられない。遺跡を遺跡として意識せずに暮らしてきた村人たちにとってはなおさらのことだ。このサラピー地区は市の中心部からわりと近いのにやたら田舎臭いところだが、こうした周囲の自然生活環境のなかに遺跡がすんなり溶け込んでいる。遺跡の前で野良仕事をしたり、ソムタムを売ったりしていても、一向に違和感がない。遺跡に価値があろうが、なかろうが、そんなことはお構いなしに村人たちは毎日の暮らしを続けていくだけである。ここでは、遺跡を流れる歴史的時間と村人の日常的時間がさり気なく交錯している。そのなかをブラブラ歩くだけで、時間の波をサーフィンしているような気分になる。
 このウィアンクムカームでは、数年前から多額な費用をかけて急ピッチで発掘、修復作業が進められている。チェンマイの新しい観光名所にしようという狙いはともかく、その突貫工事のような仕事ぶりに少なからぬ不安を感じるのも事実だ。考古学的発掘は日本では筆などで土を落としながら細心の注意を払って行われ、タイでも初期調査の段階では一応それに近い作業のようだが、その後の処理段階ではかなり怪しくなってくる。実際にワット・フアノーン近くでは、かなり遺跡に近い場所でもブルドーザーを駆使して新しい道路を作っていた。こんなやり方では、作業中に何か貴重なものが見つかったとしても、間に合わずにガガガーッとつぶしてしまうのは必至だ。
 これが修復となると、怪しいなんてもんじゃない。ワット・パンラオでは発掘場所に新しいレンガが大量に積まれていたのを半年前に目撃している。遺構だけの地味な遺跡だから少しぐらい高くしないと見栄えがしないとの判断かもしれないが、これでは修復ではなく建設といったほうがふさわしい。確かに新しいレンガもやがては古くなって、じきに見分けがつかなくなる。それでも、レンガを積みながら良心の呵責を感じないのだろうか(感じないだろうな)。学術的見地からすれば、もはや捏造の域に近い。他の寺院遺跡でもセメントをベタベタの修復は当たり前、建設、創作の痕跡が多数認められた。まあ、十年程前のワット・チェディルアンの修復でも階段部分をコンクリートで滑り台のようにしてしまった前科を知っているので、これぐらいで驚くこともないのだが。せっかく長い時間をかけて崩れ果てたものを、こんなにイージーに復元してしまっていいのだろうか。多田富雄さんが言うところの「不可逆的な物理的・化学的反応」を即物的方法であっさり否定してしまう。廃墟ファンとしては、あと1コマで上がりのスゴロクで振り出しに戻ったような心境にならざるを得ない。
 先日、久しぶりにウィアンクムカームに足を運んでみたが、さらに状況は良からぬ方向に進んでいた。ますます廃墟の気配は希薄になった上に、整備の名のもとに遺跡が周辺環境から隔離されつつあるように見えた。遺跡の周囲に柵を張りめぐらしたり、遺構の上に屋根をつけたり、興醒めなゴミ箱やベンチを敷地内に設置したり…。お金をかけた保存や整備は遺跡のカタチにこだわるあまり、遺跡の本質を見失ってしまっているように思える。滅びつつある遺跡を固定することは、時間に対する冒瀆に等しい。それはユネスコなどの学術的保存プロジェクトなどについても多かれ少なかれ当てはまる。敷地にきれいな芝生を植えた歴史公園などにするよりは、お百姓さんにカボチャでも植えてもらったほうがよっぽどマシだし、どれほど美しいことか。
 世界遺産に指定される前のビルマのパガン遺跡を訪れたことがある。ここも既にユネスコの保存プロジェクトが実施されていて、遺跡の真ん中を立派な道路が走っていた。幸いにも遺跡の数があまりに多いので、主要寺院を除いて無数の遺跡が崩れるままに放置されていた。砂漠地帯の暑さには閉口しながらも、夕暮れ時になると崩れた仏塔らしき遺跡のひとつにのぼってはボケーッとしていた。現地で会った日本人女性が「ここなら、私のパゴダを見つけることができるわ」とうまいことを言った。「私のパゴダ」か、さすが女性はロマンチックな表現をするなぁ、と感心した。
 本来であれば、チェンマイでの「私のパゴダ」はウィアンクムカームの古寺になるはずだった。けれども、このところの騒がしい情勢はそれを許してくれないようだ。一般のタイ人は古い寺をワット・カオと呼んで、ピーが出るからなどと敬遠する傾向がある。チェンダオの丘陵地帯にもレンガが散乱した寺院跡があったが、地元の人でも詳しいことは知らなかった。北タイのどこかに未発掘のままに埋もれた幻の遺跡があるような気がしてならない。そう思うと、少年時代のように胸がときめいたりして。

(40号掲載)

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