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逃げるが勝ちか、それとも?

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ41号 逃げるが勝ちか 先日、本屋に立ち寄って娘の本を探していたら、ずいぶん懐かしい絵本と再会した。タイトルはタイ語で「バーン・ノーイ」となっていたが、表紙の絵をひと目見ただけで子供の頃、大好きだったあの本だと判った。アメリカの女性絵本作家バージニア・リー・バートンの代表作「小さいお家」は、静かな田舎のなかにポツンと建っていた小さい家を主人公にした愛すべき寓話である。四季折々の豊かな自然環境にあった小さな家だったが、その周りにやがて大きな道路ができ、騒々しい電車が通り、高いビルがいくつも建って、遂には住む人もいなくなってしまう。それを最初の持ち主の子孫が見つけ出し、都会から離れた田舎の地に移動して、また昔と同じような小さいお家として甦るというお話で、子供心にも素敵な絵と文に強く惹かれるものを感じて、飽きもせず繰り返し読んだものだ。昔の気持ちを思い出すようにパラパラと頁をめくっているうちに、その話の展開とこのところのチェンマイの変化がどうしてもオーバーラップしてくるのだった。
 私が知る昔のチェンマイはせいぜい15年ぐらい前のもので、既にチェンマイの都市化が始まってはいたが、それでもずいぶんのんびりとした雰囲気があった。デパートにしても今のコンピュータープラザのところに地場資本系のタンタラパン・デパートがあっただけだった。デパートといっても気取って構えた風はなく、のんべんだらりとした雰囲気で、暇そうな売り子さんはショーケースにうつ伏せで居眠りしていたり、堂々と鼻糞をほじっていたりした。当時は何たるいい加減な勤務態度と思ったものだが、今となってはあの状況が無性に懐かしい。
 やはりその頃タイにやって来たある友人も「あの頃はよかったよなぁ。デパートの女の子にもちょっかいかけやすかったし…。今のエアポートプラザあたりの店員なんかお高くとまっていて、相手にしてくれないもんな。昔のチェンマイの良さを求めるならラオスにでも行くしかないよ」と溜め息混じりで言う。某デパートの食品売り場の女の子と結婚し、現在はラオスに愛人を隠し持つ男の言葉だけに説得力がある(ない?)。
 デパートの話のついでに言えば、フアイケーオ通りにセントラル・デパートができたあたりからチェンマイの流れが大きく変わり、タンタラパン・エアポートがセントラル・グループに買収されるに至ってその傾向は決定的となった。現在、セントラル・エアポートプラザはチェンマイのなかでもいちばんお洒落なスポットとして人気を集めているのはご承知の通りだ。こうした状況を単純化して説明するなら、チェンマイへのバンコク華人資本の急速な流入ということになるだろう。その結果として否応なしに、のんびりしていたチェンマイの街もせわしいバンコク的な世界へと変わっていかざるを得ない。デパートの店員だって、いつまでも悠長に鼻糞をほじったり、下心のある暇な日本人の相手をしたりしているわけにはいかないのだ。
 一昨年のことだったか、あるツアー会社の社長から「これからのチェンマイはすごい勢いで変わるよ」と聞いた。政権発足以来、勢力基盤を磐石にすることに力を注ぐあまり地元には比較的冷淡だといわれることもあったタクシン首相がいよいよ出身地チェンマイの開発に本腰を入れるということだった。それまでも二本の環状線道路が着々と整備されるなど十分な前兆はあったので、まあ当然のことと軽く聞き流していたのだが、その後の変化はこちらの予想を遥かに上回るものだった。正直なところ、あまりの「すごい勢い」に戸惑っているほどだ。道路などのインフラ工事にしろ、ホテルやアパートの建設ラッシュにしろ、40年前にこの目で見た東京オリンピック当時の街の変化以上だといってよい。
 最近、私は約束の時間に遅れてしまうことが多い。もともとズボラな性格上、5分10分は遅刻しがちなのだが、それが15分、20分とさらに遅れるようになってきた。言い訳がましく釈明させてもらうなら、とにかく車の交通量がこの1年で格段に増えて、あちこちで思わぬ渋滞に引っかかってしまうのだ。とくにバンコク・ナンバーの車がやたらと目立つ。空港へ行けば、平日の昼間でも駐車場の空きを見つけることが難しい。バンコク−チェンマイ間のフライトは常にほぼ満席状態だ。こんなことは、今まではまずあり得なかった。新規格安航空会社の参入もあって、バンコクの人間がそれだけ大挙してチェンマイに押し寄せているということらしい。タクシンさんのお墨付きを頼みに、我も我もとやって来て絶好のビジネス・チャンスを手に入れようとしている。タイ中のお金持ちが結託してチェンマイを食い物にしているような構図も見てとれる。
 けれども、観光と農業ぐらいしかまともな産業のないチェンマイに、これだけ派手な投資をしてどれだけ見合うものなのか?とつい余計な心配もしたくなってくる。観光という側面からすれば、街中をコンクリートで固めていく近代化はかえってマイナスになる可能性が高い。そうした方向性は、時代遅れの近代化に過ぎない。チェンマイをシンガポールや香港のような街にしたところで、誰も喜ばないはずだ。むしろ、ゆったりとしたランナー的癒しの世界こそ大切にすべきだろう。来るべき街に向けてのデザインの再検討が望まれる。ただ、その模範解答がランナー世界のレプリカをずらりと並べた豪華リゾートでは虚しいばかりなのだが。
 効率最優先の現代社会を逃れて、はるばるこの北タイまでやってきたつもりだったが、追っ手のスピードは思いのほか速かった。もはや追いつかれるのは時間の問題だ。この先、どこへ逃げればいいのだろう? やっぱり、街を離れて静かな田舎に住めばいいのか? いっそのこと、ラオスにでも行って愛人を作ってしまおうか? それとも、現実の世界は諦めて、架空のアナザー・ワールドへ逃げていくべきか? 絵本のなかに迷い込んで、小さい家にそっと尋ねてみたい。

(41号掲載)

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