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新年に餅を食う

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ42号 新年に餅を食う タイでお正月をいかに過ごすか? これが簡単なようでいて、なかなか難しい。本来、コン・ムアン(北タイ人)にとっての正月はソンクラーンなので、普通の年の変わり目は家族で静かに過ごせば事足りるはずだが、近年は田舎でも結構派手にお祝いするようになってきた。私も大晦日はメーリムにある妻の実家に行くことが義務付けられていたものの、どうも気が進まない。ナムプリックやカノムチーンでお正月気分を出せと言われても困ってしまう。「いい年してプレゼント交換なんかできるか!」とタンカを切りたいところだが、もちろんその勇気はない。
 というわけで100バーツ前後のプレゼント数個にピンクや水色のリボンをつける作業も終わり、そろそろ家を出る準備をしていたところ、妻から電話がかかってきた。開口一番「もう、来なくていいから…」である。酔っ払って激怒した叔母さんに買ったばかりのカメラ付き携帯電話を壊されたと泣き声で説明する。こともあろうに、ソムタムやナムプリックを作るときに使う石の棒でグシャリと潰されたというのだ。見ていなくても、そのときの生々しい状景が目に浮かんで思わず後ずさりしそうな話である。こちらの人は酔うと本当に何をするかわかったもんじゃない。その場にいなくてよかった…と心から思った。ともかく、これで親戚や村人とのプレゼント交換に顔を出す必要はなくなった。煩わしさからは解放されたが、大晦日なのにひとりぼっちで過ごすというのもまた寂しい。
そこへタイミングよくというべきか、日本人のMさんから電話がかかってきた。「いっぱいお餅をついたから、食べにいらっしゃい!」とのお誘いだ。まさに『捨てる神あれば、拾う神あり』である。早速、お宅にお邪魔すると、日本で購入してきたという餅つき機がテーブルの上にドーンと置いてある。なるほどこれが秘密兵器か、と納得。リアルタイムで分裂気味の日本を象徴するような末期的紅白歌合戦を観ながら、つきたてほやほやのお餅を大根おろしやアンコや黄な粉でお腹いっぱいいただき、さらにはお手製のおせち料理までご馳走になり、期せずして嬉しい日本的なお年越しとなった。お土産に小さく丸めた餅をひとりでは食べきれないほどたくさんいただいた。
 元旦の朝になって、また妻から電話があった。喧嘩した叔母さんから携帯電話を奪い取って、メーテンの親戚のところまで逃走したのだという。我が妻ながら、まったくあっぱれである。これからその家で新年の飲み食いがあるから早く来いとの命令である。やれやれと思いつつ、断ればこの先一年の夫婦関係が思いやられるので、しぶしぶ村人との新年会へと向かう。手ぶらでというわけにもいかず、途中のスーパーでお菓子やら果物を買い込む。安いウイスキーも忘れずに購入する。場がしらけないように、話題作りとして日本のお餅も持っていくことにした。村人との付き合いにもそれなりの気配りは必要なのだ。
 親戚の家に着いて、車からお土産を出していると、目ざとく妻が隠してあった日本酒をみつけた。「あっ、それはこの前Yさんからいただいた最上級の純米酒で…」と言いかけたが、聞く耳持たずで「これもいいわよね」とさっと持っていってしまった。ここで「ちょっと待て」とでも言えば、「どうせ村人を馬鹿にしているんでしょ。キーニアウ!」とか切り返されるに決まっている。ここは忍の一字である。早速、妻は酒宴の村人たちに「これはイープンのラオ・カーオで…」と得意気にふるまっている。以前にも、サントリー山崎モルト12年ものをメコンしか飲んだことのないような村人に飲まれてしまった痛恨事があった。ここは見て見ぬふりをと思ったのだが、「もったいない」という気持ちがふつふつと湧いてきて抑えきれない。意気消沈しているところへ、見ず知らずのへべれけになったオヤジがなれなれしく近寄ってきては、わけのわからんカム・ムアン(チェンマイ語)をまくしたてる。ニタニタして「よう来たな。サヌック・マイ?」って楽しいわけないだろ! でも、そこを「サヌック・クラップ」と平然と答えられるようでなければ、村人とは付き合えない。
 さて、いよいよ餅の試食会である。豚の臓物を焼いたその網を洗わずにそのまま餅をあぶっているが、どうせ食べるのは村人だからマイペンライとしよう。炭火でふっくらと焼き上がったところで持参の日本醤油をジューッと垂らして、パリパリの焼き海苔で包む。このシチュエーションにしては、もう完璧の出来映えである。自信満々で「どうだ、旨いだろ?」と列席の皆さんに差し出したが、返ってきた感想は「チュート(味が薄い)」のひと言。「おい、もっと他に言うことはないのか? これはただのもち米ではなくチェンラーイ産の日本のもち米なんだぞ」と言ったところで無駄である。最初からトムヤム雑煮でも作ればよかったと後悔した。
夕暮れも近づく頃、残った餅をもったいないと持参して一路チェンダオへと向かう。知り合いのいるラフ族の村で新年祭の踊りがこの日から始まるのだ。ラフ族では、日本人のように正月に餅を食う習慣がある。かつて何度となく遊びに行ったリス族の新年祭(中国正月の時期に行われる)でも、ゴマを混ぜた餅を村人と一緒についた覚えがある。そもそも日本の餅は稲作とともにアジアから伝わってきたものだというから、どこかで遠い記憶を共有しているのかもしれない。ハレの日に食べる餅は、もともと神様に捧げる特別な食べ物だったに違いない。
 周囲を高い山に囲まれたラフ族の村は、夜になると急に冷え込んでくる。元気に踊っている娘さんたちはいいが、じっとしていると寒いので焚き火にあたりながらの見物となる。隣にいる子供を背負ったおばさんがバナナの葉で包んだ餅をくれた。少し硬くなっていたので、火にあぶってから食べると素朴なゴマの味が口のなかに広がった。せっかくだからと、持ってきた日本の餅を団子のように竹串に刺して焚き火の脇で焼くことにした。その様子をおばさんや子供たちがじっと見ている。太鼓の音が響きわたるなか、香ばしい餅の匂いがプーンと漂い、なんだかとても懐かしい気持ちになってしまった。

(42号掲載)

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