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カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ49号 人を狂わせた話1 ソンクラーンが終わった。今年は村人の馬鹿騒ぎに1日やむなく付き合っただけで、あとは静かに自宅に引きこもっていた。本来なら楽しいことこの上ないはずのソンクラーンだが、どうしたことか私自身の場合は振り返ってみるとトラブル、それも女性がらみの問題が起こることが少なくなかった。なかでも十数年前のあのできごとは、とびきり苦い記憶の残滓となって淀んでいる。
 当時、オープンしたばかりのチェンダオの滞在施設に私は責任者としてひとり寝泊りしていた。そこは周囲の自然環境は抜群だが、夜など静か過ぎて山のなかでずっと暮らしてきたリス族の従業員までが「寂しい」と言うようなところだった。頼んでもいないのに、近所の村長が「さぞ寂しかろう」と気遣ってくれたのか、その頃はまだ独身だった私に親戚の女の子を紹介してくれることになった。バンコク近郊の工場で働いていて、ソンクラーンには里帰りするという。
 お調子者の村長のことだからとあまり当てにしていなかったが、実際にソンクラーンになってそのお見合い相手がひょっこり遊びに来た。愛くるしい目をした清楚な感じの17歳の女の子だった。中年男の私にはもったいないと我ながら思ったが、ここであっさり辞退するのもやっぱりもったいない。せっかくだから一緒に水遊びに行かないかと誘った。もちろん、いきなりふたりだけというのは田舎の村ではご法度である。彼女の女友達ふたりと私の手下役のS君にも同行してもらうことになった。中学生じゃあるまいし、いい年してグループ交際というのもこそばゆいが、これはこれでまた甘酸っぱい情緒(?)があっていいものだ。この辺りではお決まりの水遊びスポットではしゃいでずぶ濡れになったり、近くのリゾートで仲良くご飯を食べたりして、しばし楽しい時間を過ごした。即席カップルの最初の共同作業として、お寺に砂を一緒に運ぶことも忘れなかった。
 夕暮れになって彼女を実家に送っていくと、どうも様子がおかしい。妙な緊迫感が漂っている。家族の間で何ごとか真剣なやりとりが交わされていたようだが、ろくに言葉の解らぬ私はきょとんとするばかりだった。横を見れば、いつもは大口をたたいているS君が神妙な面持ちで小刻みに震えているではないか? と思った瞬間、いきなりズドーンと銃声が家の中に響きわたった。酒に酔った父親(実の父ではなく育ての親)が、娘の帰りが遅いのに怒りまくった挙げ句、空へ向けて一発ぶっ放したのだ。気違いに刃物じゃないが、酔っ払いに銃を持たせたら、こちらの命の保障はない。この場は、足がもつれるように慌てて退散したことは言うまでもない。
 1時間後に再度、調停役の村長を連れて、ビクビクしながら彼女の家に戻った。ことの成り行きとして、急遽、高床式家屋の板の間で家族親戚会議が開かれることになった。本当に独身か? 日本に女がいるんじゃないか? この娘のどこが好きか? ずっとタイに住むつもりか? 結納金はいくらか? 矢継ぎ早の質問攻めに、「ちょっと待ってよ。まだ手も握っていないんだから」と言おうとしても、聞いてくれる相手ではない。彼女はただ恥ずかしそうに黙っていた。結局、わけもわからぬまま、翌朝、私がバンコクへ戻る彼女を迎えに行き、チェンマイまで車で送っていくことにした。
次の日、仕事がたまっていたので、約束の時間にかなり遅れてしまった。彼女は既にチェンマイにバスで向かった後だった。田舎だから少しぐらい待たせても大丈夫と甘くみていたのがまずかった。急いでチェンマイまで車を走らせ、村長の案内で心当たりのある親戚の家を訪ねてみたが無駄だった。彼女はどんな気持ちでバスに乗ったのだろう。
 彼女のことが気になって、バンコクで同居している親戚の家に何度か電話してはみたものの、連絡はつかずじまいだった。らちが明かないので、S君と車でバンコクまで行き、住所を頼りにやっとのことでサムットプラカーンの親戚の家を探し当てた。こちらの思い入れとは裏腹に、親戚の態度は素っ気なかった。実は、彼女はその前の晩の夜汽車に乗って行き違いでチェンマイに戻ったという。あれ以来、思いつめて精神的におかしくなってしまったため、チェンマイの病院に入ることにしたのだと。それまで考えてもいなかった結婚を急に周りから言われた当惑はあったにせよ、あまりに過敏な反応ではないか。
 後日、彼女はあの育ての父を慕っていなかったが、父親の方では恋人のように思っていたという話を耳にした。このようなケースの場合、タイの田舎では、育てた娘をそのまま妾にしてしまうこともあるとも聞いた。思いのほか、ズドーンの意味は深かったようだ。こちらには窺い知れぬ複雑な家庭事情があったに違いない。そういえば、彼女は実家の引き出しから1枚の古ぼけた写真をさも嬉しそうに見せてくれたことを覚えている。それは本当の父親と子供の頃の彼女が一緒に写ったものだった。
 いずれにせよ、彼女を狂わせた原因の一端は私にもあるわけで、病院へお見舞いに行くつもりでいたが、村長はじめ周囲の人たちからこの件にはもう関わるなと説得された。病室で彼女は髪を掻きむしっているという噂を聞くにつけ、気が気ではなかったのだが…。やがて、何とか退院できたことを人づてに知って、少しほっとした。
 その後、お互いの接点もなく、このことはほとんど忘れていた。ところが2年後になって、彼女は再び滞在施設のオフィスへ突如やってきた。何ごともなかったかのように「薬のせいで太っちゃったわ」と笑って話しかけてきた。化粧もしていたためか、かつての清楚な感じはなくなっていた。実家の近くに駐屯する国境警備隊員のミアノーイ(妾)をしているとアッケラカンに言ってのけた。やはり精神的にどこかすっ飛んだままになっていたのかもしれない。
 さらにその2年後、誰に聞いたのか、今度はいきなり携帯電話に電話がかかってきた。ぜひ相談したいと言うので、チェンマイの街なかで再会した。男との愛人関係は解消したから、仕事を紹介して欲しいとのことだった。真意を量りかねたが、既に私にも恋人がいた手前、それ以上の相談に乗るわけにはいかなかった。精神的にも落ち着いて、心なしか以前の素朴な面影が戻りつつあるように思えた。こちらとしても複雑な心境にならざるを得なかった。それからの彼女の消息は途絶えたままだが、今も気になるような、気にならないような。

(49号掲載)

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