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外剛内柔のキノコ

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ53号 外剛内柔のキノコ 日本の四季には、梅雨は含まれない。梅雨なんてものは、季節のあいだのちょっとしたインターバルといった意味合いしかないのだろう。梅雨入りだとか、梅雨明けだとか、一応こだわってはいても、雨季とまではみなされてはいない。雨季本来の重みを知ったのは、やっぱりタイに住むようになってからのことだ。とくに野生のキノコの魅力に目覚めてからは、その重みは増すばかりである。
 カラカラ天気続きで生気を失っていた野山が、ひと雨ごとにみるみる緑に甦って行く様子はドラマティックでさえある。それとともに、乾季の間は諦観とともに封印されていたキノコへの思いがむくむくと首をもたげてくる。野山を歩くまでもなく、朽葉の下で、枯れ木の陰で、小石の狭間で、キノコが蠢き始めているのがわかる。携帯電話の電磁波よりもさらにセンシティブな菌糸の振動は、湿った空気を伝わってキノコ中毒患者だけの脳内にある受容体にしっかりと届く。しばらく土の中で鳴りを潜めていた菌糸がおもむろに動き出し、いつのまにかキノコとなってこの世に顕現する。その秘儀めいた再生の物語は、何度読んでも読み飽きない。
 北タイの田舎の市場でヘット・トープの姿を見かけるようになると、キノコの季節の訪れを実感する。この2〜3cm大の黒っぽい球形のキノコは、とりわけ不思議なキノコである。外側はコリッと歯応えがあるが、内部はクリームのように柔らかい。ただ、当たり外れがあって、すべてがおいしいとは限らない。当たりは中が白くてねっとりとしたクリーム状のもの。一方、外れは中が黒くなってしまっていて、舌に乗せたときの感触がザラザラするものだ。育ちすぎたものや古いものは、外側がより硬く、内部は黒くなってしまう。
 たいてい市場では半分に切って見せたものがいくつか置いてある。「ほら、ちゃんと中は白いでしょ?」というわけだが、これがなかなかのくせものなのだ。中が全部、白いことはまずなく、下手をすれば8割方黒ということもある。すべて中を割ってみるわけにはいかないので、あとは経験と勘に頼るしかない。料理してからひとつ口に入れるごとに、「当たり、ヤッター!」とか「外れ、ザンネン!」とか、ブツブツ言いながら食べることになる。先日、自宅近くのサンサーイの市場で買ったものは半分以上が外れで、しばらく欲求不満が残った。
 本当においしいヘット・トープを入手したければ、自分で山に入って探すしかない。そう思っていたら、タイミングよくメーリムの叔母から、ヘット・トープ採りのお誘いがあり、妻と3人で出かけることにした。場所はサンサーイ郡にあるチェンマイ・ロイヤル・ゴルフ場裏手の丘陵地帯で、昨年はヘット・トープが大量に発見されたところだ。そのときの本コラムでも触れたが、叔母は目ざとくこの地に駆けつけ、思わぬ大収穫をあげたひとりである。「夢よ、もう一度」というわけだが、果たしてそんな甘い話が転がっているかどうか?
 我々が現場に着いたときには、既にかなりの人たちが近くの村から繰り出していた。皆さん、考えることはほとんど同じなのだ。ヘット・トープは野生のキノコのなかでもとくに高く売れるので、村人にとっては無視できない雨季限定ボーナスとなる。「早起きは三文の得」とは、キノコ採りにぴったりの言葉だろう。予想通りとはいえ、私の寝坊のために我がチームは大幅に出遅れてしまった。あそこと思われる場所にはもう先客がいて、たくさんのオートバイが乗り捨てられていた。当然、その近辺は過当競争気味の状況が想定される。敢えてそこは避けて、穴場狙いに徹することにした。
 トン・トゥーン(屋根を葺く大きな葉の木)が生えている水はけのいい斜面で、山焼きをした灰混じりの土があるような場所にヘット・トープは潜んでいる。このキノコは普通のキノコのように笠を地上に出すのではなく、地中に埋もれているか、ほんのちょっと顔を出しているような状態で見つかることが多い。先に曲がった金具がついた棒で地面をほじっていくのだが、見つけるのは容易ではない。ちなみに、一昨年のヘット・トープ採りにおける私の収穫は、炎天下の懸命の労働にもかかわらず、2時間でたった3個という実に情けないものだった。「もう二度と行くもんか」とそのときは思ったのだが・・・。
 私はともかく、今回はキノコ採り歴40年の叔母、20年の妻まで苦戦している。2度、3度と場所を変えてみるが、結果は思わしくない。ただ、キノコが見つからなくても、森の中の植物や昆虫の多種多様な表情を観察しているだけで、結構楽しい。こうした周囲の環境すべてが、キノコのなかに反映されていることが実感される。物思いに耽って虫を凝視しているうちに、他の二人が視界から消えてしまった。やがて、遠くのほうから「早く来なさいよ!」という声がする。ようやく、しかるべきスポットがみつかったらしい。
 二人はバイ・トゥーン(トゥーンの木の葉)のなかに収穫したキノコを次々と入れていく。こうすると、ビニール袋などを使用するより傷みが少なくて済むのだという。市場で売っているヘット・トープは黒くなっているが、採りたてのものはまだ白っぽい。気を取り直して、周囲を見回してみると「あった!」。石の陰に白く光るようなヘット・トープが覗いていた。それからは少し要領がわかって、30分ほどの間にどうにか10個ほどのヘット・トープが見つかった。たとえ10個でもそれは、宝石のようなキノコに思えた。
 斜面を下って山道に出ると、顔のところだけ露出した頭巾にタイツと長靴という完全装備のオジサンに会った。キノコ・マンと呼びたくなるような出で立ちである。さすがプロは心構えが違う。当然というべきか、背中のナップサックにはヘット・トープがぎっしり詰まっていた。これから近くの市場へ売りに行くのだという。オジサンは森で採ってきたドーク・アーウ(ピンクの花)とバイ・マーオ(酸っぱい味のするハーブ)を分けてくれた。キノコと一緒に煮ると旨いそうだ。
 家に帰って、採ってきたばかりのヘット・トープを食べた。その答えはもちろん、コリッとしてねっとりの大当たり。味がどうのこうのというより、この二律背反の感触がたまらない。どうしたって病み付きになる。来年も懲りずにキノコ採りに行くぞ!と外柔内剛(?)の私は決意を新たにした。

(53号掲載)

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