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コレクターはつらいよ

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ56号 コレクターはつらいよ ものを集めるのはなかなか楽しいけれど、ときには苦しみを伴う。過去に何らかのコレクションをしたことがある方なら、その辺のことはよくお解りだと思う。ものを集め出したら最後、ちょっとやそっとのことでは止められなくなる。その意味ではコレクションの快感は、麻薬中毒に近い。コレクターと呼ばれるようになると、ほとんど病気一歩手前の世界である。
 もうずいぶん昔の話だが、日本でしばらく音楽専門誌の仕事をしていことがある。それも知る人ぞ知るかなりマニアックな雑誌だったので、周囲にはコレクター病の症状を呈している方々がたくさんいた。私自身もそのような特殊な世界に足を突っ込んでいた人間であるから、当然コレクター的な資質がないわけではない。コレクターの気持ちは、痛いほどよく解る。
 例えば、好きなアーティストのレコード(当時はCDではなくLPだったから、ジャケットの魅力もあってコレクションのしがいがあった)を蒐集し始めると、たった1枚でもディスコグラフィから欠けたものがあると、気になってしょうがない。駄作は無視すればいいはずなのだが、こと天才と呼ばれるようなアーティストに限って、世評的には駄作といわれるような作品にこそ、その人の本質が現れていることが多く、簡単に切り捨てるわけにはいかない。しかも、お気に入りアーティストだけにとどまらず、関連したミュージシャンやジャンルに好奇心が誘導されるのはもはや自然の流れで、コレクションは増加の一途を辿る。遂には自宅の床が抜け、倉庫を借りて管理するような苦境に陥る。好きな音楽を聴くという当初の純粋な目的が宙に浮いて、コレクションすること自体が目的になってしまう。
 このような悲惨な例を反面教師として、私はコレクターにはなるまいとずっと戒めてきた。なるべくジャンルにはこだわらず、ひいきのアーティストも最小限にとどめ、自分なりの基準で名盤に値しないレコードはすぐ売り払うようにした。それでも、その仕事を辞めたときには、手元に約2000枚のレコードが残った。いい加減ではあっても、結局はコレクターだったということか。タイに住むにあたってその整理を迫られ、本当の愛聴盤だけ500枚程度に絞ろうとしたのだが、それは土台無理な話だった。実際に1枚1枚聴き返してみると、これもあれも素晴らしく甲乙つけ難い。それぞれが思い入れのある「私の名盤」なので、つい聴き込んでしまう。えーい、面倒くさい!と、清水の舞台から飛び降りるつもりで、命の次ぎに大切していたような大名盤も含めて全部売り払ってしまった。そのときは優柔不断の私がよく思い切ったものだと我ながら感心したのだが、情けないことに今はやっぱり後悔している。
 こんなコレクターの苦しみを味わったせいだろうか。こちらに住むようになってからは、特定のものに執着する気がまったくなくなった。あるいは、日本的な偏狭な情報社会のシステムから解き放たれ、北タイ独特のアバウトな空気の洗礼を嫌というほど受けたせいかもしれない。この地に住む限り、よもやこせこせしたコレクションなんぞに再び励むことはあるまいと思っていたのだが・・・。
 先日、郵便局に小包を出しに行ったとき、何気なく傍らの切手ケースを眺めていたら、窓口の職員が「もうパンダ切手は買ったかい?」と声をかけてきた。いつもなら「いや」の一言で終わるところが、つられて「ちょっと見せて」と頼んでしまった。竹の葉をバシッとくわえたパンダはなるほど可愛いけれど、別にどうということはない。いつもなら「なーんだ」と見向きもしないはずなのに、なぜか「じゃ、1シートください」とあっさり買い求めてしまった。天邪鬼な私がいかにも売らんかなのパンダ切手なんかに素直に反応したのはどうしたことか? 実はその直前に家族サービスでチェンマイ動物園を訪れ、本物のパンダとご対面したことが伏線にあったわけだ。
 たかがパンダ切手、されどパンダ切手。疲れたときでもお茶目な表情を見ているだけで、不思議と心が和んでくる。おまけにこの切手によって、しばらく眠っていた私のコレクター魂が揺り起こされたらしく、最近は郵便局へ行くたびに切手を何種類か購入している。タイの切手が面白いことは百も承知していたが、これまでは多少の例外を除いて敢えてこだわらないようにしてきた。その封印された扉を悪戯っぽいパンダがどうもこじ開けてしまったようなのだ。
 そもそも我々の世代にとっては、切手蒐集はコレクションの原点である。小学生時代には誰もが切手を集めていて、学校に持って行ってはあれこれ見せ合ったものだ。浮世絵シリーズで広重や北斎の絵に親しみ、カラフルな国定公園シリーズやモノトーンの国立公園シリーズで見知らぬ土地を旅した気になった。『見返り美人』や『月に雁』などの高価な切手は小遣いでは届かぬ高嶺の花だったが、それでも切手カタログで眺めるだけで十分満足した覚えがある。
 タイの切手を見ていると、恥ずかしながらその頃のワクワクした気持ちが甦ってくる。むしろ、日本の切手以上にマニア心をくすぐるものが多い。個人的な関心では、幽玄な筆致のキノコ・シリーズ、色鮮やかな織物シリーズなどは真っ先にコレクションに加えたい。さらにクンユアムのドーク・ブアトーンやチェンダオ山の高山植物の組み切手も見つけたら、即購入すべきだろう。トゥクトゥクや象の切手などは洒落たお土産にもなりそうだ。デザイン的にも趣向を凝らしたものが多く、見てしまうとどうしても欲しくなってくる。
 まずい、まずい、気分はすっかりコレクターである。この分だと先が思いやられる。と言いながら、童心に戻っての切手蒐集も満更ではない。とりあえず、北タイ関連の切手だけでも思って、ワロロット市場裏手の切手博物館につい足が向いてしまう。

(56号掲載)

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