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山の村の文明開化

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ58号 お山の文明開化 山岳民族の村でホームステイしたいという要望があったとき、たいていは宿泊先としてチェンダオ奥のN村を紹介することにしている。このリス族の村には、知り合ってからもう15年にもなる長年の友人が住んでいて安心というのがいちばんの理由だが、もうひとつの決め手はいまだに簡易水道も電気もなく、いかにも素朴な山岳民族の村らしい風情があることだ。もっとも、素朴な村とするのはこちらの勝手な美意識によるもので、裏を返せば不便極まりない村ということになる。
 かつて私自身もメーホンソンの山村で、素朴で不便な暮らしを半年ほど続けた経験がある。そのときの生活のなかで率直に感じたのは「水に不自由するのは大変困るが、電気はなくても何とかなる」ということだった。ありとあらゆる電化製品に囲まれている現代人にとって、今さら電気のない生活は想像もつかないが、人類の長い歴史の流れのなかで改めて考えれば、電気が登場したのはつい最近のことだ。
 当たり前の話だが、電気のない村の夜はひたすら暗く長い。文字通り、漆黒の深い闇に包まれる。外を歩くときに頼りになるのは懐中電灯と仄かな月明かりだけである。新月の晩に、懐中電灯もなく木片に火をつけて夜の道をとぼとぼ歩いたことがあったが、不意に火が消えてしまったときの心細さと言ったらなかった。部屋のなかにポツンと置かれたブリキ缶の小さなランプも辛うじて2、3mの範囲を照らしてはいるが、それは照明というよりむしろ周囲の闇を引き立てる装置と呼んだほうがふさわしい。揺らめく灯りによって、ますますその暗さが実感されるような。都市生活のなかでは顧みられることのない裸の夜がまぎれもなくそこにある。
 先日、東京の女子大生を数人引き連れて、N村でホームステイしたときのこと。日も暮れかかり、そんなホンモノの夜について物知り顔で語ろうかとしていたところ、あれっ?おかしなことに部屋のなかで白々と蛍光灯がついているではないか。外には1本の電信柱も見当たらなかったし、電線が敷設された形跡もまるでなかった。この村にいつのまにか電気が来ているはずがない。竹の床に目を滑らせていくと、部屋の隅のバッテリーに行き当たった。山岳民族の村では、車のバッテリーを充電して、非常用電源に使用することはよくある。でも、このバッテリーは車のものにしてはちょっと大き過ぎる。さらにその上に目をやると、見たこともない装置が柱に設置してある。
 家の主の友人に尋ねてみると、「まあ、こっちへ来なさい」と外に連れ出された。見れば上向きのパネルが鉄柱に取り付けてあり、そこから電線が家まで延びていた。「これはひょっとして……」 プリミティブな場所で思いがけなく出会った超近代的システムに戸惑っていると、「そうさ、ソーラー・システムだよ」と彼は誇らしげに胸を張った。こちらとしては、草葺屋根の竹の家と最先端技術ソーラー・パネルとのミスマッチに苦笑しながらも感心するばかりだった。
 そういえば、以前メーホンソン県でソーラー・システム発電を推進するとのニュースがあったが、なるほどこういうことだったのか。わざわざ遠隔地にある山岳民族の村まで電信柱と電線を敷設したところで、その村の戸数が100軒以下(ほとんどの村がその程度の規模に過ぎない)ではどう考えても多額の工事費用に見合わない。例え村に電気が引かれたとしても、貧困のため自宅にメーターを設置できないケースもある。その抜本的解決策として試験的に導入され始めたのが、このソーラー・システムなのだろう。
 このN村では、今年になってほぼすべての家にパネルが設置された。システム1セットあたり約2万バーツの値段は決して高いものではないが、それを収入の少ない山岳民族に負担させるのは酷である。そこは政府の粋な計らいで、めでたく無償提供となった。その証というわけか、家のなかにはこのプロジェクトを推進したタクシン首相の写真とメッセージが掲げられている(額が厚紙でできているところが微笑ましい)。首相の文明化に対する揺るぎない信頼は都市でも僻地でも変わらないようだ。
 壁に貼ってある取り扱い説明書的ポスターには、いろいろな注意事項が絵で示してある。例えば、「パネルや電線に洗濯物を干してはいけない」とか。確かに村の生活の自然な流れからすると、思わず洗濯物を干してしまいたくなる誘惑は否定できない。さらに、他の絵を見ると、冷蔵庫もアイロンも電気炊飯器も使用不可。このバッテリーから接続できるのは、数本の蛍光灯とテレビだけだと判る。「なーんだ、たいしたことないじゃないか」と思うのは、山の暮らしを知らない人である。これでも十分過ぎるほどの刺激を村人は感じているはずだ。エレキテルの時代から、電気は一種のマジックなのだから。あちこちのトタンや草葺の屋根からTVアンテナがニョキニョキ生えているのを見れば、それは一目瞭然である。何より、電気代はタダというのが画期的だ。初期投資はかかるが、あとはお日様が普通に照っていればいいわけで、これほどタイの気候条件と山岳民族のライフスタイルに適った電気システムはない。
 振り返ってみれば、昭和30年代前半の我が家にはアイスボックスしかなく、冷蔵庫はまだ登場していなかった。皇太子(今の天皇)ご成婚パレードで一挙に普及したと言われたテレビはあったかどうか? 掃除機を使うようになったのも、さらに後のことだった。電話もしばらくは隣の祖父母の家の呼び出しだった。あの頃の素朴な電化生活は、このリス族の村のソーラー電気状況と何となく似ている。本当はこの程度の暮らしぶりがちょうどよかったのでは?という気がする。テレビを2時間見ただけで、バッテリー切れを心配するような生活も悪くない。
 来年のホームステイでは学生たちを前に、勿体つけてしたり顔で語るつもりだ。「この村には近未来の電気システムがある」と。ただ、山地の過酷な気候と村人の素朴なメインテナンス能力を考慮すると、そのときまでこのシステムがきちんと稼動している保証はどこにもない。だからもう一度「パネルに洗濯物は干してはダメ」と村人に念押ししておきたい。

(58号掲載)

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