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オルターナティブな絵葉書

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ59号 オルターナティブ絵葉書 旅をしていると、ふと絵葉書を出したくなるときがある。「今、私は地球上のこの地点にいますよ」と友人や家族に知らせること、それは他者を通じた一種のアイデンティティの確認行為なのだろう。普通の葉書や手紙とは違って、絵葉書を出しても相手から返事は来ない。絵葉書を投函するときには、その一方的なベクトルがプツンと途切れたような淋しい気持ちがする。その意味では、旅先であってもインターネットカフェでつい返事を期待してしまうメールとは対照的である。投函することさえできれば、別に相手が誰であっても構わないのかもしれない。

 筆不精の私などは、誰に?と思った途端に、書く気持ちも半ば失せてしまうことがほとんどなのだが、それでも長旅をしているときには、ともすれば行方不明になりそうな自分の位置を確かめるように絵葉書を書くことがある。本当に行方不明になってしまえば、よっぽどすっきりするのだろうが。かつて10ヵ月ほど東南アジアを旅したときには、気分転換の意味もあって月に一度ぐらいは書いただろうか。
 そんなとき、その土地ごとの絵葉書を探すのは楽しい。とくに観光王国タイでは、当然のこととして絵葉書のバリエーションが豊富なのでなおさらである。寺院、遺跡、風景、観光行事、山岳民族など、それなりに綺麗な写真が使われていて、通り一遍のタイのイメージを伝えることができる。
 こちらに住むようになってからも、しばらくはその手の絵葉書を年賀状に代用したりしていたが、さすがに最近は観光的な絵柄とチェンマイで日常生活している自分との距離を感じて、絵葉書を買うことも滅多になくなった。近況報告を託すには、いささか違和感があり過ぎるのだ。
 先日、スーパーマーケットの入口で一風変わった絵葉書を見つけた。何気ない風景や自然を撮影した写真が多いのだが、ただ綺麗なだけの観光絵葉書とは明らかに違う。移り行く時間のなかで空や雲や田んぼを捉えた心象風景の趣がある。一般の絵葉書写真のように定石通りの構図を決め過ぎることもなく、ニュートラルかつナチュラルに静かな風景と向き合っている。外部の対象として風景や自然を捉えるのではなく、自らがそのなかに包まれているような感覚としての写真。空や雲を写しているだけだから、別にチェンマイに拘らなくてもいいはずだが、そこにはやはり疑いもなくチェンマイの表情がのぞいている。写真の上に添えられたChaingmai in the cloudとかChiangmai in the seasonとかChiangmai on the way homeとかいった言葉もさり気なく効果的だ。
 薄明の空と雲など、仄暗い環境のなかでシャッターを切った写真が多い。どんよりとした雨季独特の雰囲気を上手くとらえた作品も目立つ。写真撮影にとって最重要ファクターである光をいかにも大切に扱った作風といえそうだが、どの1枚からも伝わってくるのは陽気で賑やかな一般的タイ人のイメージとは正反対の繊細で静謐なトーンである。いったいどんな人がこの写真を撮ったのか?と次第に興味が湧いてきた。
 絵葉書にある電話番号にコンタクトしてみると、電話に出てきたのは撮影者であるドゥサディーファン・ファジーさんご本人だった。いわゆる職業的な写真家ではなく、ただ写真が好きで趣味として10年以上撮り続けてきて、作品がある程度まとまったので、このようなポストカードにして発表することにしたのだという。確かに職業的カメラマンとは違った自然体のスタンスを感じる。free mind cardというシリーズ名称は、彼女のしなやかで透明な眼差しにふさわしい。Chiang Mai Postcardなるシリーズも作風がよく似ているので、てっきり同一人物によるものと思っていたら、こちらのほうは友人のガーラケート・シーパリンヤーシンさんが撮影したものだと判った。この人も写真家ではなく、主として文筆業をしているとのことだ。お二人とも30代半ばの女性で、その秀逸なセンスや感性には共通したものがある。おそらく非常に仲のよい友達なのだろう。
 ガーラケートさんの絵葉書には、ワット・トンクウェン(ワット・インターワート)を撮影した作品がいくつかある。数あるチェンマイのお寺のなかで、なぜここを特別な被写体に選んだのか? 先日、ハーンドン近郊にあるこのお寺を実際に訪ねてみて、その理由が解った気がした。近代的なハイウェイである外側環状線からいくらも離れていないに、約80m四方のレンガ塀に囲まれた境内はそこだけ遙か昔の別の時間が流れていた。ランナー様式の木彫を施した本堂には、そこいらの金ピカ寺院とはまったく異質のシンプルで古風な佇まいがあった。その周囲の屋根付き回廊を歩いていると、どこかラオスの古寺にでも迷い込んだような錯覚に陥った。誰もいない小雨降る境内の様子は、それだけで幻想的な絵画を見る思いがした。ここを舞台に時空が錯綜するようなシュールな映画でも撮ったら面白い。
 さて、このご両人の素敵な絵葉書なら、チェンマイ暮らしの近況報告にピッタリだと何枚も買い求めたのはいいが、いざとなると適当な送り先が思い浮かばない。センスの解らない奴らに送るのはもったいないし、家族への葉書としては気取り過ぎている。というわけで、当分は手元において飽かず眺めることになりそうだ。それなら、いっそのこと自分宛に送ったらどうだろう。架空の恋人になったつもりで、とびきり素敵な言葉を添えて。なんか癖になりそう予感がする。

参考:Flickr.com〜freemindcard

(59号掲載)

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