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砂採りものがたり

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ72号 砂採りものがたり どんな土地でも、川の流れは大地を潤す血脈のようなものである。とくに農業を営む上で、川の存在が収穫を左右する大きなファクターであることは言うまでもない。チェンマイ周辺では、ピン川の流れに沿って昔から農村が発展してきた。古の時代から受け継がれてきたチェンマイ本来の雰囲気を肌で感じたいのなら、幹線道路ではなくピン川沿いの曲がりくねった道を行くといい。
 チェンマイからピン川を遡り、隣町メーリムを過ぎてそろそろメーテンにさしかかろうかという辺りに妻の実家がある。川沿いの典型的な農村のひとつだ。村の中の道は辛うじて車がすれ違えるほどの幅で、道から川まではその場所によりけりだが10〜30mぐらい離れている。その崖っぷちの土地の持ち主は地元の村人ではないことが多い。チャチャーイ首相時代の好景気のときに、バンコクの金持ちがその大部分を買い占めてしまったからだ。村人にとって洪水の被害を受けがちな川べりの土地は家を建てる場所に適さないが、景色だけとってみれば別荘地として価値が高い。実際にランナー風建築の別荘が建てられている土地もあるが、ほとんどは空き地のままに放置されている。実家の前の土地もずっと空き地になっていて、季節によっては菜っ葉類などがときどき植えられていた。
 3年ぐらい前のことだったか、その空き地だったところに掘っ立て小屋が建てられ、砂の採掘のために頻繁に人が出入りするようになった。チェンマイ大開発の建設ブームで、塩分を含まない川砂の需要がにわかに高まってきたのだ。妻の父親、兄、叔父は運搬用トラックを数台所有しているので、このチャンスを逃す手はない。バンコクの土地所有者に連絡を取って借用契約を結び、郡役場からの許可も取得して、ピン川での砂の採掘が始まった。
 川砂だから当然のことだが、砂は川底にある。それをどうやって採掘するのか? 通常なら大型機械を導入して、砂を吸い上げるようなやり方を取るのだろうが、この周辺では河川の環境破壊防止のため、機械の使用は禁止されている。となると、頼ることができるのは人間の手だけである。
 まず人夫がたいていは上半身裸で川の中に入って、腰か胸のあたりまで水に浸かりながら、穴の開いたバケツで川底の砂をすくっては小舟に盛っていく。炎天下の作業だから、見ているだけで肌がヒリヒリしてくるようだ。舟が砂でいっぱいになったら、今度はその砂をワイヤにつながれた鉄の容器に手作業で入れ、モーターのスイッチをオンにすると、その容器はワイヤに引っ張られて岸の掘っ立て小屋脇まで勢いよく上ってきたかと思うと、支柱にぶつかって容器の底が開き、ザーッと砂が落ちる仕掛けになっている。この作業を繰り返して地上の砂が山盛りになったところで、今度は幅広スコップのようなもので6輪トラックに投げ入れていく。呆れるほどに、単純な肉体労働である。
 この一連の作業の中で、妻の父親は唯一の頭脳労働者として掘っ立て小屋の中に座ってモーターのスイッチを入れたり切ったりしている。厳密に言えば、スイッチをオン、オフする作業自体は肉体労働の範疇だが、このシステムには元電気修理屋でもあったこの父親の創意工夫がいかんなく発揮されている。つまり、モーターの力で容器を引き上げる際に通常は2本の木の支柱が必要だが(1本はワイヤ用、もう1本は容器の衝突用)、父親はそれを金属製の支柱に突起をつけるアイデアによって1本で両方の用途を備え持つものに改良したのだという。この画期的(?)な発明では特許も取得していると父親は自慢げに語った。こんなものにも特許があるとは想像もつかなかったのだが…。
 さて、この砂採取作業の収支決算はどうなっているのだろう。まず4人雇用している人夫に対して払う労賃は以下の通り。

容器1杯あたりの砂採取労賃=2バーツ(重労働のわりに安い!)
砂1立方メートル(容器15杯分)あたりの労賃=15×2=30バーツ
砂1立方メートルをさらにトラックに入れる労賃=20バーツ

 業者に対する砂の売却価格は1立方メートルあたり80バーツであるから、上記の労賃の合計50バーツを差し引くと、1立方メートルあたり30バーツの父親側の利益となる。平均して1日20立方メートル程度売却するので1日あたりの利益は約600バーツ。田舎の収入としては上出来ではないか。
 ちなみに3月分合計売却実績は632立方メートルだったというから、総売上=80バーツ×632=50560バーツ、利益=30バーツ×632=18960バーツと計算できる。
 これから電気代、ガソリン代などの諸経費をさらに差し引いたものが純利益になる。ここでの問題は業者からの支払いが全額ではなかったり、一部遅れたりすることがあることだという。それでも、不特定の人が砂を買いに来るのを待っているよりはマシである。少なくとも、近年、父親が手がけて失敗したカエル養殖やキノコ栽培よりは安定して利益が上がっているように見受けられる。
 人夫側は4人で単純に折半するのであれば、1人あたりの3月の手取りは50×632÷4=7900バーツとなる。重労働に見合う金額かどうかはさておいて、これも田舎の村人レベルの収入としては悪くない。ただ、いつもこれだけたくさんの砂の量が採取できる保証はない。雨季は水量が増して作業が不可能になるし、乾季のピークの5月ごろは逆に水位が下がって砂を積み込んだ舟が川底に接触して動かなくなることがある。まともに作業ができるのは、せいぜい半年といったところか。
 実は本当の問題は作業後にある。重労働の後はつい冷たいビールがラオカーオ(焼酎)で一杯やりたくなる。一杯のつもりがつい杯を重ねる結果となって、下手をすれば1日の労賃を上回る酒代となる。石川啄木じゃないが、「はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり」と一握の砂がこぼれていくのを深刻な表情で眺めるのであろうか。まさか!

(72号掲載)

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