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宴のなかの孤独

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ73号 宴の中の孤独 ソンクラーンが終わると、何はともあれというか、やれやれというか、とにかくフーッとため息が出る。たいていのチェンマイ在住日本人にとって、ソンクラーンの悩みとは、この期間中いかにして水掛けの水を避けて日常生活を送るか?といった程度のことであるから、本当の悩みとは違う。それに引き換え、タイ人を妻に持つ私の悩みは深い。水に濡れても、いずれは乾く。水よりも何よりも気を付けなければいけないのは、妻の一族郎党、つまり親、兄弟、親戚などとの関係である。
 前にも書いたことがあるが、一族郎党に対する私のスタンスは「付かず離れず」を原則とする。これはあくまで原則であって、ともすると付いてしまったり離れてしまったりするから難しい。ソンクラーンは、一族郎党とのお付き合いを通じてその微妙な人間関係のさじ加減をアジャスト、リセットするよい機会なのだ。
 村人としてのソンクラーンのしきたりは多々あるが、それにいちいち付き合っていたら大変だ。所詮、村人になり切れるものではないから、面倒くさいことは一切省いて、必要最小限のことだけするように心がけている。どうしても欠かせないのは、年長者を敬うダムフアという行いである。この対象は年長者であれば誰でも構わないが、予算も限られているので、例年、妻の母親側と父親側の親戚合わせて10組程度に絞るようにしている。
 ダムフアに際しては、日常生活用品をあれこれ取り揃えて相手に贈る。今年はちょっきり10組限定としたので、ディスカウントスーパーで石けん、洗剤、シャンプー、歯ブラシ、歯磨き粉、トイレットペーパー、イワシの缶詰、インスタントラーメン、ジュースなどをそれぞれ10個ずつ買い求めた。洗剤、シャンプーなどは最小容量のもので構わない。それぞれ単価は安くても、数がたくさんになると出費も馬鹿にならない。これに加えて、親戚にはランニングシャツ、父親にはワイシャツを購入、母親にも何か洋服をと思ったが超ジャンボ・サイズなので該当品が見つからず、苦肉の策としてブラジャーで勘弁してもらうことにした。
 4月13日には、まずメーリムの農村に住む母親側一族のダムフアを行った。両親と祖母を皮切りに、村に住むその他親戚5箇所を回った。親戚のメンバーはここ数年変わっていないのに、いまだに名前はおろか妻との続柄さえ把握できていない。改めて訊くのも憚れるので、いかにも分かっているかのように平然とふるまう。お盆に贈り物を載せ、両手を添えて差し出すと、どこでも年長者は「どうか今年も幸せでありますように。健康に暮らせますように……ムニャムニャ」と呟きながら、手首に糸を巻いてくれた。これは何度やってもらっても、なかなか気分がいいものだ。その後でソムポーイ(マメ科の木)を入れたお清め水で髪を撫で付けるようにする。ただこれだけの簡単な段取りを済ませばいいわけだから、どうってことはないはずなのだが、5組回っただけでぐったりする。それはフィジカルな疲労ではなく、一族の仲間として擬態し続けた無理からくる精神的後遺症に他ならない。
 続く14日はランプーン郊外に住む父親の親戚を訪ねる予定だった。北タイは圧倒的に母系社会だから、いつもは父親も母親側の村落共同体のなかで埋没するように暮らしている。当然ながら、父親の親戚の存在感は薄い。実際に会う機会もほとんどない。それでも、ソンクラーンのときのダムフアだけは欠かせない。数年前に一度、父親側のダムフアが遅れてソンクラーン後になったことがあった。そのとき父親は「馬鹿にするな!」と機嫌を損ねた。日頃の鬱積も溜まっていたのだろう。
 私は実家には泊まらない主義なので、妻の一族郎党と合流してからランプーンに向かうつもりで自宅待機していた。予定の時間が過ぎてもなかなか連絡がないのでおかしいと思っていたら、実家にロングステイしている妻から「今日のダムフアは中止になった」とやけに沈んだ声で電話があった。兄や叔父は建築資材などの運搬を主な仕事としているので、朝方に所有する数台の10輪トラックや6輪トラックの縁起担ぎの儀式をやり、ついでに妻の愛車の安全祈願をすべく爆竹を鳴らしたところ、車内に火が移ってボヤ騒ぎになったという。車内で爆竹に火をつけるなんて、安全祈願どころか危険極まりない。ただでさえ短気な妻はこの事態にすこぶるご機嫌斜めで、外出する気にはとてもなれないと訴える。私にとってはソンクラーン行事の義務感から解放された嬉しい誤算であったが、後で父親の怒りが爆発しないか? それだけが気がかりだ。
 ソンクラーンの間、村では真昼間から酒盛りをしている。村に長居は禁物である。ずっといれば、どこかでつかまって、「まあ、一杯」となる。それから延々とエンドレスな酒盛りに付き合わされるのは御免こうむりたい。かといって、まったく宴席に顔を出さないのもよそよそしいと思われる。この辺のさじ加減も難しい。
 そこで、今年は最少労力で最大効果を上げるために、いちばん盛り上がる日のクライマックス直前に村を訪れる作戦を立てた。16日はお寺の境内にあるトン・ポーの大木を支える銀や金の紙を巻いた木(マイ・カム)を奉納する儀式が行われる。村人たちは昼前から酒を飲みながらその準備に取り掛かり、夕暮れ時に村の道を練り歩いて寺へと向かう。ウイスキーでも1本持参してこの行進に1時間も参加すれば、一族郎党に対して充分なインパクトを与えることができる。そう目論んだわけだ。
 ところが、チェンマイでの所用が長引いて、村に駆けつけたときには、クライマックス直前どころか、クライマックスをとうに過ぎて、既に村人たちは大音量で音楽を流すミラーボール付きトッラクの前で乱痴気騒ぎに突入していた。見たくはなかったが、妻もへべれけ状態になってエキサイトしている。「おい、二児の母だということを忘れるな!」と叱咤しようとしたものの、もちろん声にはならない。ひとりだけ素面で写真を撮っていると、望遠レンズを覗くように一族郎党の世界が遠のいていく。喧騒をよそに、寺からのぞむピン川は暗闇のなかをひたすら静かに流れていた。

(73号掲載)

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