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半信半疑のキノコ

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ78号半信半疑のキノコ 今年は雨季入りがやけに早かった。雨季に入ってからの雨量も異常なほどに多い。こんな天気がずっと続くと、野生キノコ大好き人間の私などは、湿気を帯びた森の腐葉土から頭を出してすくすく育っているキノコのイメージをすぐ想像してしまうのだが、大自然の摂理はそう単純な話ではないらしい。
 例年、野生キノコのトップバッター的存在として雨季入り直後に市場に登場するヘット・トープなのに、今年は期待に反して見かける機会が少なかった。この丸いコロコロした不思議な形状のキノコは、山焼きをした後の灰混じりのパサパサした水はけの良い土壌の中に潜んでいる。度重なる大雨のために菌を含んだその土壌が流されてしまったのか、水分過剰でかえって菌の生育が阻害されたのか、本当の原因はよくわからない。「雨降り続き→湿気が多い→キノコが成長」といった人間の単純な希望的観測をあっさり裏切ってくれるところがいかにも個性派キノコの代表選手らしくてよいが、キノコ・ファンとすればあの独特の歯応えが気軽に楽しめないのはやっぱり悔しい。年中行事化している妻の親戚のヘット・トープ採りもいつになく不調だったとみえて、収穫のお裾分けにあずかることもなかった。
 キノコ・シーズンの出端をくじかれて、今年は野生のキノコのはずれ年だと観念したわけじゃないが、キノコ探しのスタート・ダッシュが遅れてしまった。ようやく、先日、ドライブがてらにチェンダーオ周辺のキノコ売店を覗いてみたところ、どの出店もキノコのてんこ盛り。これは、はずれ年どころか大当たり年ではないか!? 店のおばさんに訊いてみると、「ヘット・トープが少ない年は、普通の笠付きのキノコがたくさん出るし、ヘット・トープがたくさん採れる年は、その逆なんだよ」との答えが返ってきた。つまり、野生のキノコの奥深い世界を、十把一絡げに単純化してはいけないってことなのだ。店先には、今まで見たこともない種類のキノコも並べてあって、久方ぶりにキノコ魂(そんなものがあるのかどうか?)を揺さぶられる思いがした。もうこれからは、「野生のキノコを食いまくってやるぞ」と気合を入れた矢先のことだった。
 親戚でもないのに我が家と親戚のようなお付き合いをしている、メーテンの山村に住むキノコ採り名人婆さんから妻に電話があった。旦那の爺さんがひどい食あたりで緊急入院して絶対安静状態だと訴える。ちなみに、この爺さんは山際の農業用水池でプラー・ニンを獲って小遣い稼ぎをしている「魚獲り名人爺さん」だが、腐った魚ではなく家にあった毒キノコを食って、病院に担ぎ込まれたのだという。「猿も木から落ちる」でキノコ採り名人婆さんが不注意にも毒キノコを持ち帰ってしまったか?と一瞬、疑ったが、後でよく事情を聴いてみると、こういうことだった。
 その日、婆さんが家に帰ってみると、誰が置いていったものか、縁側にキノコが置いてあった。それはヘット・グラドーンという珍しいキノコで、焼くといい香りがして旨く、トムヤムにしてもなかなかいける。このキノコには芯の部分が長い(30cm程度)ヘット・グラドーン・ティーン・タムと短い(15cm程度)ヘット・グラドーン・ティーン・スーンの2種類があり、やっかいなことに前者は珍味だが、後者には毒がある(ティーンとは、カム・ムアン=チェンマイ語で足を意味する)。ところが、置いてあったのはキノコの笠だけで、芯の部分がなかった。これでは、判別のしようがない。
 キノコのプロフェッショナルである婆さんは「あぶないから食っちゃダメだよ。すぐ捨てなさい」と注意したのに、爺さんはもったいないと思ったのか、冷蔵庫にしまってほどなく焼いて食べてしまった。すると20分も経たないうちに、吐き気を催し、2時間あまり何度も嘔吐と下痢を繰り返し、地元の公立病院に送り込まれたときには顔面蒼白だった。身体が火照るように熱く、血圧も急激に降下し、やがて便には血が混じるようになった。その血が赤から黒に変わったらお陀仏という、かなり危険な状態だったが、3日間の入院治療で何とか一命を取り留めた次第である。
 何でも、この爺さんは過去にも酒の肴として食った同じキノコで中毒した経験があり、今回が2度目の毒キノコ騒ぎらしい。それほど旨いキノコなのかと思うと、ちょいと味見でもしたくなるが、いくら大のキノコ好きを自認する私でもその勇気はない。さすがに婆さんも呆れ果て、「ほんとに懲りない男だね。今度、また食いたけりゃ、村の火葬場へ行って食いなさい!」と皮肉を込めて言い放ったそうだ。
 こんな経緯を聞くと、今までのように安心して野生キノコ料理に舌鼓を打つこともできない。動植物の種別を見分けることを同定というが、キノコの同定は非常に難しい。それはある程度わかっていたが、念のためとインターネットなどで調べてみると、恐ろしい毒キノコの話がたくさん出てくる。食べてから何日もたってから中毒症状が出てくるキノコとか、ひとかけら食べただけでイチコロの猛毒キノコとか。酒を飲むと中毒症状が和らぐキノコとか、逆に酒を飲みながらだと中毒がひどくなるキノコとか。こんなことを知ってしまうと、なおさら心配になる。これからは愛すべきキノコをじっと凝視しながら半信半疑で酒を飲まざるを得ない。あー困ったことになった。
 ますます心配になってきたので、婆さんに村人たちが昔からやっている毒キノコ判別法を教えてもらった。採ってきたキノコと米を一緒に茹でてみて、米が赤くなったら毒がある証拠だとか。「これで大丈夫」と婆さんは太鼓判を押すが、かえって不安は募るばかりである。毒の成分だって科学的に解明されていないものも含めて、いろいろあるというのに、米と茹でる原始的な方法だけですべてのキノコを判定できるとは到底思えない。この手の毒キノコ判別法は迷信を含めて、オールマイティとは言い難い。
 それにしても、いったい誰がこの紛らわしいキノコを置いていったのだろう。婆さんにキノコの種類を尋ねるつもりだったのか、それとも何らかの思惑があってのことか? 不可思議なキノコそのもののように、山村の謎は深まっていく。

(78号)

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