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チャイントン再訪

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.05.21 Monday

 

気まぐれ90号 チャイントン再訪 地図で見ると、タイ国境の街メーサイからミャンマー=シャン州の街チャイントンまではいくらも離れていない。距離にして約170kmだから、チェンマイからチェンラーイに行くより近い。初めてチャイントンを訪れた1993年以降、ビザの切り替えなどでメーサイには30回以上も行っているのに、そのすぐ鼻の先のチャイントンまで足を延ばそうとしなかったのはどうしてだろう。
 確かに、数年前までミャンマーのタイ側国境地帯では麻薬の利権などをめぐって断続的にシャン族とワ族(あるいはミャンマー政府軍)との衝突が繰り返されてはいたが、タイミングさえ間違えなければ、それほど危険なエリアでない。国境は開いている期間のほうが長かったから、その気になれば、行く機会はいくらでもあったはずだ。
 もうひとつその気にならなかったのは、最初の訪問時に悪路で苦戦したトラウマのせいもあるが、滞在中に現地の人と個人的に知り合うことがほとんどなかったからに違いない。これまでの自分の旅の行動を振り返ってみると、仕事絡みは別として、ある土地を再び訪れようとする場合には「人」が介在することが多い。土地を再訪するのではなく、人に再会するために、そこに向かうのである。
 そんなわけで、チャイントンについては記憶の片隅に「魅力的な街」という印象がありながら、旅の目的地に選ばれることもなく、そのまま長い時が過ぎてしまった。昨年、やっと13年ぶりに再訪することになったのも、自らの意志ではなかった。このところ、よく一緒に旅行をしているNY在住のSさんが本誌70号掲載の岡本麻里さんによるチャイントン探訪記を読んで関心を持ったのがきっかけだった。
 チャイントン再訪のその日、メーサイの向こう側の街タチレクを昼過ぎに出発するバスに乗り込むはずが、チェンマイからの時間計算を誤って間に合わず、結局、乗り合いタクシーを利用することになった。さすがにタイでも見かけないような年代物の日本車で、エアコンは窓全開の自然環境タイプである。スタート時はSさんと私の2人だったが、途中の市場でシャン族のおばちゃんをピックアップしていく。料金は不平等な割り勘(?)だが、文句は言うまい。
 かつてはタチレクを少し過ぎれば土埃のでこぼこ道だったのに、現在では崖崩れの危険箇所以外は快適な舗装道路が続いている。途中、いくつかのチェックポイントがあり、運転手は乗客の身元情報を報告する。点と線の支配に過ぎなかった一昔前に比べれば、中央政府の統治管理レベルが数段アップしていることは明らかだった。前回の苦難の旅路(前号ご参照のこと)が嘘のように、たったの3時間であっさりチャイントンに到着した。
 さて、夕暮れ時に懐かしいチャイントンの街をSさんに案内しようとして、はたと困った。あれほどあちこちウロウロしたところだから何とかなるだろうと思って、いざ歩き出してみたものの、右も左もまったく判らない。どうしたことか、ほとんど記憶が飛んでしまっている。辛うじて覚えているのは、雲南風中華料理の食事がやけに油っぽかったこと、市場で食べたワンタンメンがなかなか旨かったこと、それと濃い目の紅茶のプーンとした香りぐらいで、要するに断片的な食い物のことばかりなのだ。逆に言えば、13年経っても味覚や嗅覚と結びついた記憶はちゃんと残っているところが面白く、我が脳細胞の浅ましさを改めて知る思いがした。
 街のすぐ近くにあるはずのノーントゥン湖でさえ方角が判らず、道に迷いながら遠回りして岸辺に辿り着く。ところが、お目当ての水上レストランが見当たらない。レストラン併設の「ゴーゴー・ステージ」で踊っていたミニスカートの美少女たちが前回の滞在でただひとつ鮮烈な記憶に残る「現地の人」だったのに…。その後の中央政府当局の厳格な指導によるものか、あのいかがわしくも活気あふれるステージは蜃気楼のように跡形もなく消えていて、時の流れの虚しさを思わないわけにはいかなかった。
 翌朝早く、中央市場へと出かける。この規模の街にしてはずいぶん大きな市場で、地元の人や周囲の村から下りて来た山岳民族などでごった返している。近頃のタイではもはや薄れつつある市場本来のカオスの醍醐味が体感できるところだ。食い物関係の場所だから、頼りない私の記憶もここだけは別である。昔と変わらないトタン屋根の下の路地を歩けば、当時の情景がオーバーラップして甦る。ワンタンメンを食べただけでは足りず、さらに何軒かの屋台をはしごする。岡本麻里さん絶賛のヒヨコ豆ペースト付きのナンをつまみながら店先を見ると、この地味な環境には不似合いな真っ赤なジャケットを羽織った女性が目に入った。フォトジェニックな表情に惹かれるままに、図々しく写真を撮らせていただく。
 そこから数ブロック先の金物屋でSさんが南京錠を探しているとき、ふと横を見ると先程の女性がいるではないか。この店に釘を買いにきたらしい。これは奇遇と、もうワンショット撮影のお願いをする。「魚心あれば水心」というわけか、彼女は「うちに遊びに来ない?」と誘う。まさか逆ナンでもあるまいが、もちろん二つ返事でOKして、彼女のあとをついていくことにした。
 市場裏手の階段を上り、高台にあるお寺の境内を抜けて、街を見渡す丘に沿うように10分ばかり歩いたところにその家はあった。赤土の日干しレンガを積み重ねただけの原始的な造りで、貧しい暮らしをしていることは一目瞭然だった。この辺は遠隔地から移り住んできたアカ族の集落だという。それで市場での気さくな「誘惑」の謎が解けた。山岳民族ならではの優しいホスピタリティの表れだったのだ。彼女とお姉さんと姪の3人は、文字通り肩を寄せ合って生活している。日本人なら、こんな粗末な自宅に人を招待することはない。でも、我々は確かにこうして招かれた。
 やがて、土器の甕から汲んだ水に砂糖を溶いてレモンを絞ったものがコップに入れて差し出された。これを飲むべきか否か。この家の衛生状態からすれば、遠慮するのが賢明なのは解っているが、無下に断っては男がすたる。ときには賢さを捨てる覚悟も必要だ。精一杯のもてなしに応えて、ぐいっと一気にと言いたいところだが、ちびちびとゆっくりその特製レモン・ジュースを飲み干した。タナカー(木を削った粉の日焼け止め)を塗った頬に悪戯っぽい笑みを浮かべて、「また遊びに来てね」と彼女は言った。
 再びチャイントンを訪ねる日が今から待ち遠しい。

(90号掲載)

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