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ヤオ族の基礎知識

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

43号 ヤオ族の基礎知識1 鶏頭の花を思わせる重厚な赤い襟巻き状の袖がついた上着に、藍染めのターバン、100以上ものパターンがあるといわれる細かい刺繍がちりばめられたモンペ風のズボン。ヤオ族の女性の民族衣装も、マニアックな民族衣装収集家をうならせてあまりある技術と芸術性を備えている。アメリカあたりでは、このヤオ族のズボンが500ドルを超える価格で取引されている。刺繍を完成させるまでに数ヶ月かかる場合もあるというから、この値段は、その気の遠くなるほどの根気と忍耐を要する作業を思えば、けっして高くないものだと思う。さらに結婚式などの儀礼時には、女性達は銀のアクセサリーをこの民族衣装に飾りつけて盛装する。

43号 ヤオ族の基礎知識2 毎年チェンラーイのメンライ王祭りの会場で開かれる恒例の山岳民族美人コンテストでは、ヤオ族の女性が優勝することが多いが、これは色白で切れ長の目をもった顔立ちもさることながら、物量作戦によるゴージャスなアクセサリー群も少なからず得点に寄与しているかもしれない。
 ヤオ族というのは自称ではなく、漢族やタイ族など他民族による他称である。しかし、国際的にもこの名があまりにも広く知られているので、私もいまだにこの呼称を使わせていただいている。自称は「ミエン」である。「ミエン」というのはヤオ語で「人」という意味である。実はヤオ族に限らず、多くの民族の自称は「人」を意味するものが多いのだが。ただし、「ミエン」はアクセントをちょっと変えると「精霊」とか「霊魂」というような意味になってしまうので要注意。
 ヤオ族は、タイではチェンマイ県、チェンラーイ県、パヤオ県、ナーン県を中心に、173の村があり、6,692世帯、44,017人が住んでいる(2002年タイ山岳民族開発援助センター調べ)。タイ以外では、中国広東省、広西壮自治区、雲南省、湖南省、ベトナム北部に分布する。
 もともとは中国南部が民族の起源で、タイにはおよそ100年ほど前、ラオス方面から移動してきた。漢族文化、特に道教の影響を強く受けていて、葬式や結婚式など儀礼の際には、漢字で書かれた文書を使用する。タイのヤオ族にあっても、年長の男性の中には漢字の読み書きができる人が多い。また、かつて中国の皇帝から与えられた耕作狩猟許可証である「評皇券牒」という文書を大切に保管しており、これにはヤオ族の始祖にまつわる神話も書かれているという。
 土間式の家に住み、箸を使って食事するのも漢文化の影響である。他の少数民族と比べて商売熱心なのも漢族ゆずりといえるのかどうか、チェンラーイのナイトバザールでも露店を出しているのはヤオ族の人たちが一番多い。
 ヤオ族の結婚式は華やかな花嫁行列で始まる。早朝、新婦は舟形のかぶりものに赤い房をたらした巨大な角隠しをかぶり、ラッパやシンバル、太鼓の楽隊に先導されながら新郎の家までパレードをする。新郎の家に入って先祖を祭った祭壇の前でシャーマンが儀礼をしたあと、夕方からは祭壇を背にして腰掛けた来賓に向かって、新郎と新婦が膝まづいたり立ち上がったりしてお辞儀をする仕草を繰り返す儀礼を、来賓が途切れるまで、えんえんと続ける。来賓が多いとこの儀礼は深夜もしくは明け方にまでおよぶ。
 ヤオ族には一種の盤弧神話が残されている。かつて、中国のある皇帝が犬を飼っていた。他国との戦争が起こったとき、この皇帝は、敵の将軍を倒したものに自分の娘を嫁がせると約束した。見事、敵の将軍を倒したのは皇帝が飼っていた犬だった。犬は約束どおり皇帝の娘を娶り、六男六女をもうけた。これがヤオ族の子孫で、ヤオ族に十二の姓があるのもこのためだという。また、結婚式のとき、花嫁が完全に顔が隠れるほどの巨大な角隠しをかぶるのは、犬のもとに嫁がねばならなくなった皇帝の娘が、羞恥心から顔を隠したのが由来とも言われている。

(43号掲載)

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