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パダウン族の基礎知識

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

48号 パダウン族の基礎知識1 パダウン族という名は知らなくても、「首長(くびなが)族」という俗称を聞けば、たいていの人が、「ああ、あの首に金や銅、真鍮などでできた螺旋状の首輪をつけた奇妙なあの民族ね」と思い浮かべることができるはずだ。テレビ番組に出演するため、はるばる日本まで連れていかれたパダウン族の人もいる。タイ人からは、カリヤン・コーヤオ(首の長いカレン族)と呼ばれている。
 パダウン族は、ミャンマーのカヤ州西北部に多くが居住する民族で、カレン語系の言語を話すカヤ族(ミャンマーでは赤いカレン=カレニーと呼ばれる)の一支系といわれている。タイにはメーホンソン県やチェンマイ県などに数ヶ所の観光村がある。
 実は、パダウン族はそれほど昔からタイには住んでいたわけではない。1980年代初頭に、カヤ州から国境を越えてメーホンソン県のピン川のほとりに、観光用として数家族が連れてこられたのが始まりといわれている。その後、やはり国境近くのシャン族の集落、ナイソイ村の近くに新しい集落ができ、約20年間にわたって、メーホンソン観光の目玉商品として多くの外国人観光客を集めてきた。入り口で徴収される入村料の250バーツは、当時ミャンマー政府に対して独立闘争を展開していたカヤ族独立軍の武器調達資金にまわされていたという噂もある。
 首輪をはめる習慣は、ご当地のカヤ州では時代遅れとしてすたれつつあるというが、逆にタイや中国などでは、パダウン族の女性は観光客をひきつけるための客寄せパンダ的な存在として、ますますもてはやされている。そんなわけで、出稼ぎパダウン族が急増しているのだ。
 実際、以前はタイではメーホンソンに行かないと見ることができなかったパダウン族だが、1990年代の終わり、突如としてチェンマイ県メーアイ郡タートンの近くにパダウン族の村が出現した。カヤ州から連れてこられたのだ。もちろんパダウン族の人たちはタイ国籍もIDカードももっていないから、観光業者は関係諸機関に、お目こぼし料を払っていたのだろう。ほどなくしてそこが何かの理由で閉鎖されたと思ったら、4年ほど前、今度は同じチェンマイ県でも、かなりチェンライ県境よりのヤパ村というアカ族の村の近くに村が出現した。気のせいか、だんだんチェンライに近づいてくるなあなどと思っていたら、昨年になってついにチェンライ市のすぐ近郊の国道沿いに、「パダウン族の村あります」の看板が・・・・・・。今ではメーサイの国境を越えたタチレクにも、ミャンマーと中国の国境の町、モンラーにも、パダウン族の人たちが観光客を待っている。本人たちの希望でやってきたのならそれはそれでよいのだが、異国の地まで連れられてきて見世物扱いされているとすれば、なんとなく物悲しい気もする。
48号 パダウン族の基礎知識2 パダウン族の少女たちは5歳ごろから首輪をつけるようになるといわれるが、すべてのパダウン族の女性が首輪をはめるのではなく、彼らの暦で満月の水曜日に生まれた女だけがつけるように定められているということを聞いたことがある。
 パダウン族の女性があのような首輪をつける理由には、諸説があって、ひとつには、美的価値観、また富や地位の象徴としての装飾品説。男たちは首輪をつけた女性を結婚相手として高く評価するともいわれる。また、中国の纏足(てんそく)の習慣などと同様、既婚女性の貞操を守るためという説もある。夫以外の男と姦通した女は、首輪をはずされ、一生不安定な首を自分で支えながら暮らさなければならないからだ。トラに首をかまれないようにするためという説もある。少女が初めて輪をつけるときには儀礼を行う。村の呪医師(ベディン・サヤ)が縁起の良い日を慎重に選ぶと、村全体が飾りつけをし、米で作った酒をたくさんふるまうという。

(参考文献:「世界の民族11 東南アジア大陸部」(平凡社))

(48号掲載)

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