チェンマイ発・ちょっとディープな北タイ日本語情報誌CHAO『ちゃ〜お』は毎月10日、25日に発行。本文へスキップ

<< ラフ・ニ族のお正月(2) | 最新 | ラフ族のお葬式(1) >>

ラフ・ニ族のお正月(3)

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

70号 ラフニ族のお正月1 ラフ・ニ族のお正月の間に何度か行われる儀式「オリ・テ・ダ・ヴェ」において、その基底を流れる重要なコンセプトは「混ぜ合わせる」ということにある。
 まず、餅をつくお米である。各家でお餅をつく前に、各家の子供が村のすべての家をまわって自分の家でとれた米を少しずつ配って歩く。各家ではその米を使って最初の餅をつく。ここでまず最初の混ぜ合わせが行われる。この時点でいろんな色の、いろんな濃度の米が混じっている。これでつく餅は、すなわち村の人すべてが作った米でできた餅である。
 それから各家でつかれたお餅は、正月3日目の朝の「オリ・テ・ダ・ヴェ」で再び各家に少しずつ分配され、第2回の混ぜ合わせが行われる。こうして他の家からいただいたお餅のお盆には、いろんな形、いろんな色のお餅が混ざっている。その餅の一つ一つがすでに村の人々が作った米でできているのだが。
 正月4日目以降にも、他の村からの来客が訪れると「オリ・テ・ダ・ヴェ」が行われる。各家から持ち寄られた餅が、今度は他のラフ族村からきた人々の餅と混ぜ合わされ、再分配される。それを持ち帰った「我が家の餅」にはいろんな濃度、いろんな色、いろんな形、いろんな鮮度、いろんな硬度の餅が混在することになる。集落を超えたラフ族の「オヴィ・オニ」(広義の兄弟たち)たちすべてが作った餅である。
 個人で作った米が、村落のなかで、また近隣の集落の間で、交換され、集合され、再分配される。米は、彼らの生活の中で重要な位置をしめているが、まさに血を分け合う儀礼のように交じり合い、観念的にも実質的にも共有、共食されるのだ。
 ラフ・ニ族の踊りはたいてい夜に行われるが、昼間行われることもある。それはオコ・プ・ヴェ(頭を下げるという意味)といって、村人がこぞって親類や友人の住む近くのラフ・ニの村を表敬訪問して年始の挨拶をし、仲良く一緒に踊るという慣わしがあるのである。いくつかの村同士であらかじめ打ち合わせておいて、この日はA村とB村、この日はC村とD村というように、ひとつの村に大集合して盛大に踊ることもある。
70号 ラフニ族のお正月2 オコ・プ・ヴェでは、村の入り口では迎え入れるホスト村の人たちが来客の手に水をかける儀礼をするため、一列になって待ち構えている。そこをラフ・ニ族のシンボルである先端に白い旗のついた竹竿をかついだ祭司やひょうたん笙、太鼓をもった楽団を先頭にして踊りながら行進し、それを笑顔で迎え入れるホスト村の一団とドラマティックに合流して、広場の櫓の周りを踊る。踊り手の人数が普段の何倍にも増えて、とても盛り上がるのだ。
 女正月4日間のあと、一日の中休みを経て男正月の3日〜4日間を祝うと、長い正月祭りの日程は終わる。まず広場の櫓「コチェ」が片付けられ、村の外へ捨てられる。その翌日には家の中の祭壇「オフティ」が取り壊され、これも家の外へ捨てられる。

(70号掲載)

タイの山岳民族 タイトル一覧へ

 

タイの山岳民族(三輪隆) | Top