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ヤオ族の結婚式(前編)

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

 これまでに何十回とヤオ族の結婚式に招かれたが、新郎新婦の年齢が比較的高齢なのが特徴だと感じた。どんな美しい花嫁だろうと思って行ってみたら、30過ぎの子持ちのオバサンだったりしてがっかりすることもある。まあ、どうせ人妻なのだから別にがっかりすることもないのだが。
 これはヤオ族にとって、私たちが通常考えている事実上の「結婚生活」と儀礼としての「結婚式」がまったく別物としてとらえられているからに他ならない。愛し合い、結ばれた若い二人は、特に結婚式をあげるのでもなく、同居し、子どもをもうけ、育てることも多い。いわゆる成り行き的同棲とか、「できちゃった婚」のようなものだ。もちろんヤオ族においても、いつかはちゃんとした結婚式を挙げなければ一人前の家庭と認められないのだが、挙式は急いで行う必要はない。というか、ヤオ族にとってきちんとした儀礼や披露宴を行うにはそれなりの資金が必要で、むしろ、ある程度の財をなしてから行うのが普通であるからだ。また、式の日取りには村人の時間に余裕がある乾期という時期的限定も加わる。だから、新婦のお腹が大きい状態での結婚式、実質的な結婚から何年もたったあとの、2、3人の子連れでの結婚式などというのもけっして珍しくない。
75号 ヤオ族の結婚式前編1 結婚式と披露宴は、他の山地民と比べても、かなり盛大に行われる。三晩四晩と続くこともある。新婦の家でも新郎の家でも宴会が行われ、宴会の裏方は親戚縁者が総出で行う。何頭もの豚がつぶされて、酒と豚肉料理が振舞われる。村の中の広場では、子供や若者たちのために町のPA屋さんを雇って大音量のルーク・トゥンやルーク・クルンが流され、ディスコ大会になる。
 嫁入りの前の晩、新婦の家では翌朝の花嫁衣装の着付けにかかる。新婦は翌朝、定められた正確な時刻に、新郎の家に入らねばならない。新婦が新郎の家に入る時刻やそのしきたりは、クラン(姓)によって異なるという。
 土間の椅子に腰掛けた花嫁の頭には、まず全長1メートルほどはある巨大な張りぼてで作られた黒い大学帽のようなかぶりものが載せられる。このかぶりものは重く不安定なので、布やガムテープでぐるぐる巻きにして固定する。傾いたりすると、うまくいくまで何度もやり直す。新婦はこのかぶりものが傾かないように朝まで背筋を伸ばした状態で過ごさねばならないから、ほとんど眠ることもできず、大変だ。
 朝方になると、花嫁が前夜からかぶっていた舟形の土台には細かい刺繍が施された布がかけられ、さらに前方には新婦の顔を完全に覆うように、真紅の糸を使った房をたらされる。この日本の「角隠し」のような風習は、彼らの伝説(盤古神話)によれば、ヤオ族がかつて犬だったころ、ヤオの男のところに人間の女性が嫁ぐことになり、犬と結婚することを恥じたその女性が顔を隠すためにそんな覆いをしてきたのが由来だという。
 式の朝、新婦は舟形のかぶりものをかぶって自分の家をまだ薄暗い早朝に出発し、花婿の家に向かう。最近はトラックなどで移動するが、かつてはかなり遠く離れた村でも歩いて行列を行ったという。
75号 ヤオ族の結婚式前編2 まず、ラッパ型の縦笛形の管楽器(チャルメラのような音がする)、真鍮のシンバル、手提げの木太鼓、銅鑼といった編成の男だけの楽団が先頭をきって新婦の家を出る。続いて花嫁の父、嫁入り道具の入ったスーツケースを背負った若い女性、そして花嫁と続く。巨大なかぶりものをかぶって前方がよく見えないであろう花嫁は、前をいくスーツケースを背負った女性が体に巻いた白い布の端を掴みながら歩く。後ろからもう一人の付き添いの女性が花嫁のために赤い日傘をさす。そのあとはヤオ族の衣装で着飾った親族、友人の女性たちが数十名ほど列をなし、その脇を村の子供達が面白そうについていく。
 この花嫁行列はヤオ族の結婚式においては最初のクライマックスである。

(75号掲載)

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