チェンマイ発・ちょっとディープな北タイ日本語情報誌CHAO『ちゃ〜お』は毎月10日、25日に発行。本文へスキップ

<< ヤオ族の結婚式(後編) | 最新 | アカ族の葬式(後編) >>

アカ族の葬式(前編)

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

77号 アカ族の葬式前編1 アカ族では人が亡くなってから埋葬が終了するまでにさまざまな儀礼が行われ、短い場合でも約1週間、長いケースでは1ヶ月もの期間を費やす。
 人が亡くなるとまずやるべきことは、村の中だけでなく、親戚や知人の住む他の村にも使者を派遣し、葬儀の日程などを伝えに行くことである。脚力に自信のある若い男たちがこの任務にあたる。今は携帯電話などを所持する人も出てきたが、かつては足を使って歩くほかなかったからである。亡くなった人がアカの社会の有力者だったり、著名な長老格だったりすると、親戚、知人がタイ北部全域はもとより、ミャンマー、ときによっては中国雲南省にまでおよんでいる場合などもあり、告知や弔問に費やされる旅路の長さも日程の中に組み込んでおかなければならない。
 村の中でも、喪主の指揮によりさまざまな準備が進められる。まず重要なことは、棺桶の製作である。アカ族の棺桶は一本の白木の大木をくりぬいた、舟形のたいそう立派なものである。しかし最近のタイ北部の森林事情では、このような大木を調達するのはけっして容易なことではない。年長者の場合、生前に森に生えている大木(アカの言葉で「パンロン」と呼ばれる種類の木)を「マイ棺桶」用の木として予約し、キープしておくこともあるという。私も知り合いのアカ族の爺さんと山道を歩いていたら、いきなりある木を指差して、明るい声で「これがわしの棺桶になる木じゃ」と教えてくれた。
 村の男たちの巧みな共同作業により棺桶が完成すると、遺体を棺桶に入れる。アカ族の家屋は中央の壁を隔てて「男部屋」と「女部屋」の二つに分かれており、棺桶は男部屋に安置される。埋葬まで日数があるので、棺桶の蓋はかなり念入りに密封され、粘土におがくずをまぜたもので隙間を塞ぐ。
 埋葬までの間、喪主は毎日炊き出しをして、弔問客のために三度三度の食事をふるまわねばならない。葬儀の規模によっては何頭もの水牛や豚を生贄にする。これらの費用は喪主およびその親族で拠出し合う。約1ヶ月にわたる葬儀で水牛を15頭つぶした例もある。葬儀のときに水牛や豚を何頭つぶしたかは、その葬儀のステータスをはかるバロメーターともなるのである。
 また、「ピマ」もしくは「ボェモ」という、仏教であれば僧侶にあたるような役職の男が棺の前にすわり、朝昼の区別なく、ずっとお経のような節回しの儀礼の言葉を暗誦する。彼らはいわば霊界との媒介者であり、父子連名法によって暗誦されている数十代先までさかのぼる彼らの祖先(アカの最初の祖先といわれるスミオまで50数代前までさかのぼることができる)の名前をその順番に従って唱えるのである。故人がこれから往くべき霊界の系譜の末端に付け加えてあげることによって、故人が祖先の住む霊界に無事にたどりつけるよう、ナビゲーター役を担うのである。ここでは故人が正式にアカ族の本名(仏教で言えば戒名にあたる)で呼ばれ、人間の世界の人間ではなく、霊界の人として位置づけられるのである。
77号 アカ族の葬式前編2 このピマやボェモによる暗誦は数日間の間、昼夜を問わずほとんど連続的に行われる。大変な体力を要する儀礼である。老年の域に入ったボェモがかなりくたびれた表情で、差し入れの栄養ドリンクを飲みながら、ときに睡魔に耐え切れずこっくりしながら暗誦を続けているところをみて、次はこのおじさんが過労で倒れて葬式を出さなければならなくなるのではないかと心配になる。
 日本では、お葬式は情緒的に死者を悼み、別れを惜しむものといった感が強い。アカ族でももちろんそういう側面もあるが、同時に、死者はもはや人間の世界の存在ではいられないので、うかつに人間の世界に戻ってきてもらわないように、無事に霊の世界に導き、彼岸に送り届けなければならないという考えがある。死者の魂は「畏れ」の対象でもあるのだ。

(77号掲載)

タイの山岳民族 タイトル一覧へ

 

タイの山岳民族(三輪隆) | Top