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山岳民族とケシ栽培

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.05.21 Monday

 

79号 山岳民族とケシ栽培1 1980年代まで、ケシ栽培はリス族、モン族、アカ族などタイの山岳民族にとっても重要な現金収入源だった。
 かつて乾期の11月から1月にかけて、タイ北部の標高800メートルから1,000メートルほどの山地の斜面のあちこちで、赤や白、紫など色とりどりの可憐な花が咲いていた。まるでスローモーションの映像のように、一面の花畑で優雅に風になびく光景は、幻想的でさえあった。
 この弱々しく可憐な花弁の下に隠されたケシ坊主からにじみ出る褐色の樹液こそが、阿片やヘロイン(ジアセチルモルヒネ)といった麻薬の原料となり、「奇跡の妙薬」と呼ばれる反面、一方で巨額の富と数多くの麻薬中毒者を生み、少数民族の人々のここ数世紀の運命を翻弄してきた。
 現在でも山地民の老人達の中には、阿片の吸引を習慣とする人がいる。阿片吸引はもちろん違法だが、高齢で長期の阿片中毒者は、急にやめることができないため、政府から特別な吸引許可証を発行してもらっている人もいる。阿片には医療用モルヒネとしても利用されているように、効果的な鎮痛作用があり、山岳民族の間でも万能薬として重宝されてきた。また吸引すると深い陶酔状態に陥り、彼らにとっては厳しい農作業で疲れた肉体を癒す「安らぎの薬」でもあった。しかし常用すると、恒常的な無気力感と倦怠感に襲われ、性欲も喪失し、服用をやめれば激しい痙攣や呼吸困難などの禁断症状に見舞われる。
79号 山岳民族とケシ栽培2 阿片は通常、横臥して長い竹パイプで吸引する。阿片を吸っている間は寡黙になり、阿片常習者の家に行くと、阿片を焼き溶かすのに使う球形ガラスに入ったロウソクの炎だけがぼんやりと揺れる闇の中で、シュー、シュ−という煙を吸い込む音だけが不気味に聞こえてくる。キセルの先の穴に詰められた阿片の樹脂をロウソクの炎に当て、深く吸い込む。
 ケシの花にはいくつかの種類があり、早咲きのものは11月から12月、遅咲きのものは1月中旬から2月初旬にかけて咲く。花弁が落ちると、なかなか愛嬌のある形をした直径2〜3センチほどのケシ坊主が現れ、このケシ坊主にL字型の白銅製の器具で縦に傷をつけると、乳白色の液がにじみ出てくる。液は空気に触れると一日で酸化して茶色に変色する。これを平べったい鎌のような器具で削り取り、数日するとさらに黒色に変色する。これが生阿片である。生阿片に化学処理をほどこして純度を高めたものがヘロインだ。中でも純度88〜99%にまで精製したものが「No.4」とよばれる製品で、同じ「No.4」でも、作り手や工場によって品質の差があり、禁制品であるにもかかわらず公然とブランド名がつけられて売られていたりする。
 1ライ(1,600平方メートル)のケシ畑から収穫できる生阿片は約1.5キロから2キロ。生阿片の相場にも大きな変動があるが、当時1ライあたりの平均的な粗収入はざっと5,000バーツから6,000バーツといわれた。このあたりで栽培している換金作物の単位面積(1ライ)あたりの粗収益、たとえばとうもろこしの1,200バーツ、大豆の1,400バーツなどと比較すると、ケシ栽培は確かにかなり効率のいい現金収入の手段だった。
 しかし、アメリカ政府などの協力を得て1980年代半ばから始まったタイ国軍による大規模なケシ畑焼き討ち作戦により、1990年代の10年間に、タイのケシ栽培の規模は、劇的に減少していった。現在では「黄金の三角地帯」のケシ栽培のメイン・ステージは、ミャンマーとラオスのほうに完全に移行している。
 しかし、それに代わるように、タイでは「ヤーバー」という、ある意味で阿片よりもやっかいな覚醒剤系薬物の常用と売買が盛んになり、あらたな問題になっていることは周知の事実である。

(79号掲載)

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