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カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.07.21 Saturday

 

気まぐれ100号a 遂にというほど大袈裟なことではないが、本誌もめでたく100号目を迎えた。この気まぐれな不定期連載コラムもいつのまに60回を越えたから、打率で言えばなんとか6割をクリアしたことになる。天才イチローを上回ったかと思うと感慨もひとしおで、自分で自分を誉めてあげたくもなるが、「それは打席に入っただけで打率じゃないだろう。ヒットも少ないくせに…」と改めて指摘されれば、もはや反省するしかない。
 というわけで、記念すべき今号では長らく温めていた表題のテーマで筆を進めることにしよう。温めていたなんて言うと、まるで材料をコツコツと集めじっくり構想を練っていたかのように聞こえるが、ただ「こんなテーマならいくらでも書けるな」とずーっと思っていただけで、何の努力もしてはいない。
 マスオとは、もちろん『サザエさん』に登場するマスオさんのことである。あの国民的漫画のなかでマスオさんはどこか頼りなげで存在感も薄いけれど、いかにも善良そうな人柄は憎めない。主人公にはなれないが、見事なバイプレーヤーぶりを発揮してしる。サザエさんが元気に振舞えるのも、磯野家の人間関係が円満なのも、飄々と控えめに生きるマスオさんの見えない努力があってのことだろう。そう言えば、約40年前にTBSで放送されたTVドラマで、サザエさんの江利チエミに対してマスオさん役を務めた川崎敬三のキャラクターはどこかタイ人っぽかった。
 ご存じのようにタイは伝統的に母系社会で、とくに北タイはその傾向が強い。従って、この地ではいたるところに嫌というほどたくさんのマスオさんたちが健気に暮らしている。タイ人を妻に持つ私も、自ら選んだわけではないにせよ、結果的にマスオさんの身に甘んじている。「ますらおぶり」ならぬ己の「マスオぶり」にため息をつくこともしょっちゅうである。ため息だけでは済まず、ときとして涙も流す。文化人類学者や社会学者が母系社会についてもっともらしく語ったところで、それは単なる知識として把握しているだけだから、本当にその実態を知っているとは言えない。嘘偽りのない母系社会を日々体験している私からすれば、「そんな生易しいものじゃない」といちゃもんをつけたくなる。
 ちなみにメーリム郊外の農村にある妻の実家周辺も例に漏れず、どっぷり母系社会そのものに浸かっている。父母が住む実家の隣には、叔母(妻の母親の妹)夫妻の家族が70歳を過ぎた祖母と一緒に暮らしている。どちらの家も、どうしたことか一家の柱であるはずの父親の影が薄い。この2軒だけでなく、村中のほとんどの家が母方の親戚にあたる。
 妻の父は一昔前に単身でサウジアラビアに出稼ぎに行き、7年間の運転手の仕事でそれなりのお金を貯めてタイに戻ってきた。帰国後、家を建て、10輪トラックも購入、その運転手の仕事で羽振りよく順調に生活していたが、折しも勃発したアジア経済危機でいっぺんに仕事がなくなり、トラックのローンが焦げ付いてしまった。苦境を打開するために蛙の養殖を始めたのも束の間、蛙を仕分けするコンクリート槽ですべって転んで腕を骨折する。これは運が悪いと諦め、当時、注目を集めつつあったシイタケ栽培に再び活路を求めて、真面目にメージョー大学の農業講座に通いながら専門知識を習得、キノコの大量栽培に必要な特殊装置も購入して準備万端で新事業にのぞむも、同じようなことを目論む人がたくさんいたらしく、シイタケ価格が暴落してこれも失敗。
 その結果、車のローンの返済はさらに絶望的な状況を迎え、野菜を市場で売ってコンスタントに収入を上げる母と叔母と祖母の女性軍団から、冷たい視線をあびるようになる。60歳を過ぎたばかりの現在、早くも隠居同様の生活に入り、毎日の仕事と言えば、家の前のピン川に面した砂採り作業の監督をする程度。せめてもの楽しみは、私の子供たち=孫の世話をすることで、一家のなかではもうすっかり好好爺の役柄を演じている。
気まぐれ100号b
 叔母の旦那、つまり妻の叔父はソンテーオや学童の送迎車の運転手を経て、今は6輪、10輪トラックの運転で生計を立てているが、常に寡黙でおとなしく、家に帰ってきてもいるのかいないのかよく判らない。辛うじてこの叔父さんの目がいきいきと輝くのは、私が本誌の記事を書くために取材協力兼モデルの依頼をしたときぐらいだ。嬉々として得意そうに、地鶏のガイ・ムアンや腸詰のサイウアを焼いてくれたり、ご自慢の秘伝ナムプリックを作ってくれたりする。
 別々の家から婿入りしたせいか、女性軍団の前では団結もできずに漫然とした日々を送る男たちの姿には同情を禁じ得ない。もっとも彼らにとってはこれが当たり前で、慣れてしまえば、案外こうした環境のほうが心地よいのかもしれない。ニタニタとしまりのない表情で惰性をむさぼっていても、一向に非難されることもない。ダメ男の烙印を押されたとしても、きっとダメ男なりのささやかな幸せがあるのだから。
 それに引き換え、いつも元気満々なのはたくましき大きな尻の女性軍団で、ついでに大きな顔もしている。北タイの農村で毅然とした態度を取っているのは、むしろ女性たちのほうだ。逆に間違っても、女性たちに対して毅然とした態度を示してはいけない。とくに口ごたえは絶対に禁物である。正当性を主張するために理屈をこねることも、最悪の結果を招く。タイの女性に対しては、理屈なんか無用の長物に過ぎない。やっぱり「男は黙ってビアチャーン(ビアレオでもいいけれど)」なのだ。少しぐらいタイ人の男性が酔っ払っていたって、そこは大目に見てあげて欲しい。
 タイ人の男性の場合は、遥か昔からこんな感じで暮らしていたはずだから、これで問題はない。困るのは我々日本男児がマスオの役を演じる場合だが、その傾向と対策は次回にということで。


(100号掲載)

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