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マスオ的生き方のススメ 後編

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.07.21 Saturday

 

気まぐれ101号マスオ的生き方後篇 男らしい生き方とは何か? そんなことは日本にいるときは、一度も考えたことがなかった。考える必要もなかった。男らしくても男らしくなくたって、どうでもいいじゃないか。ただひとりの人間として日々生きていけば、もうそれで十分だと思っていた。
 ところが、こちらに暮らし始めてタイ人の妻を持ってからは、そのどうでもよかったことがやたらと気になるようになった。「男らしさ」とはいちばん縁遠い存在であるはずの私でも、ときどき発作的に「俺は男だぁ〜!」「日本男児だぁ〜!」と声を大にして叫びたくなることがある。もちろん、実際に叫んだところで聞いてくれる人もいないので、無念のうちにその言葉を呑み込まざるを得ない。
 母系社会の北タイの農村では、男性は実質的に婿入りするかたちで(つまりあのサザエさんの旦那、マスオさんのように)妻の実家かその周辺で暮らすことが多い。風習と言えばそれまでだが、おそらくそうした家族関係のあり方が農村社会ではいちばん自然なものであり、現実的なシステムとして円滑に機能するのだろう。タイに限らず、東南アジアの農村では母系社会が主流らしい。
 タイ人の男性は、この家族関係をあるがままに受け止め、すんなりそのシステムに組み込まれて生きている。自分の置かれた境遇に疑問を感じることもなく、当然のこととして受け入れている。例えば、自分個人の立場より、まず妻の家の事情を優先する。妻からきつい口調で命令されても、素直にハイハイと従う。妻が忙しいときやご機嫌斜めのときは、率先して料理を作ってあげる。これはポリシーとか判断とかいったレベルの問題ではない。農村に生きる男としての本能的かつ生物学的な反応であって、長年の経験に裏付けられた生活の知恵なのだ。ときには、どうしたってフラストレーションが溜まることもあろうが、酒や博打で気を紛らわすことで簡単に解消できる。
 北タイの農村出身の女性と結婚したからには、このようなタイ人男性の立派な(?)態度を見習う必要があることは十分に承知している。そうしなければ、夫婦関係がギクシャクすることも解っている。あっさり観念して、模範的なマスオさんになってしまえばいいだけのことだ。あとは気楽な生活が待っているに違いない。それなのに、ケチなプライドや理屈が邪魔をして、なかなかマスオさんになりきれない。そこに悲劇が生まれる。
 推測するに、タイ人を伴侶に持つ日本人男性は、多かれ少なかれ、このような葛藤のなかで悶々とした毎日を過ごしている。だからこそ、つい心の中で「俺は男だぁ〜」と叫んでしまうことになる。必要以上に男を意識するのは、実感として自分が女性からまともに男として扱われていない不満があるためだろう。もっとも、女性の側からすれば、タイ人男性に対するのと何ら変わらない、ごく普通の態度で日本人の旦那に接しているだけのこと。特別な配慮などしてくれない。どちらの立場にもそれなりの正当性は認めよう。でも、ここはタイだから、このお互いのズレの原因はむしろ日本人男性側にあると反省したほうがいい。男性側が歩み寄りさえすれば、問題解決への道は開ける。
 改めて言うまでもなく、日本でもとっくの昔に伝統的家長制度は根底から崩壊した。一家の柱である父親の権威はもろくも失墜し、亭主関白などはすっかり道化的存在となった。女性上位時代と言われて久しいはずなのに、実は日本人男性の意識の中には旧態依然とした男尊女卑的な考えが多少なりとも残っている。普段はおとなしく鳴りを潜めているが、タイ人女性のつっけんどんな態度に接したりすると、突如としてその正体を現すことになる。儒教的考えに通じる男尊女卑は、一種のイデオロギーに過ぎない。だが、北タイのこの母系社会では、イデオロギーはまったくお呼びでない。重要なのは目の前の現実だけである。ここが何より肝要なところだ。
「妻は夫につくす。妻は夫の意見に素直に従う。妻は夫の身の回りの世話をする・・・」などと、北タイに住んでいながら日本でももはや通用しないような時代錯誤的な硬直したイデオロギーにとらわれているから、余計な葛藤に悩むことになる。いっそのこと、思い切ってまったく逆の生き方を実践してみてはどうだろう。つまり、「夫は妻につくす。夫は妻の意見に従う。夫は妻の身の回りの世話をする・・・」という献身的スタイルを堂々と貫く。これこそ、見事なマスオさん的生き方に他ならない。いったん潔く切り替えてしまえば、どれだけ毎日の生活が楽しくなることか。
 マスオさんとして蘇生する前に、せめて夢の中でもいいから妻に言われてみたい。「お仕事どうもお疲れ様でした。お風呂になさいますか、ご飯になさいますか」と。ついでにもっと贅沢を望むなら、三つ指をついて優しい声で言って欲しい。
 やっぱり、イデオロギーの呪縛から完全に解放されるまでは、もうしばらく時間がかかりそうだ。


(101号掲載)

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