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年配・老人ロングステイヤーの結婚(2)

カテゴリー: ロングステイの光と影 | 2007.09.29 Saturday

 

 チェンマイ市内に隣接した郡の閑静な新興住宅街の家に、奥さんと2人の子供さんの家族4人で暮らしているのが、日本人男性のAさん60歳。奥さんは山岳少数民族のリス族出身で現在は30歳。
 年齢的には60歳とはとても思えない若々しさがAさんにはあり、30歳も年齢差があるご夫婦とはとても見えない。チェンマイ市内の私立小学校に通う小学2年生の男の子。それに、まだ1歳余りの娘さんがいる。傍目には2人のお孫さんと勘違いするのだが、親子の様子には不自然さはどこにもない。
「今年から年金を貰えるようになり、経済的にはもちろんですが、気分的にも余裕が出来たように思います」と語るAさん。奥さんとの生活も10年余り経過し、現在では2人の子供にも恵まれていての年金受給の開始。これまでのことをお伺いしても、Aさんの心にも家族生活にも、なんとなく余裕が生まれてきているように感じられた。
 さてAさんと奥さんとの出会いと結婚だが、以下のようなものだったらしい。タイで現在の奥さんと出会ったのはAさんが50歳の時、バンコクに旅行に来ているうちに偶然知り合った。そしてバンコクの案内をしてもらうなどして親密になり、奥さんの里のリス族村で結婚の儀式を行なう。現在の長男が2歳半の時に、妻と長男を連れて日本へ定住。というのも、Aさんはまだ会社に勤めていたので、家族一緒に住むには日本に連れてくる他なかったようだ。
 妻も長男も連れてきて日本での家族3人での生活も、タイ人の彼女には辛くて悲しい生活だった。それというのも、日本語は少ししか話せない彼女には、当然のことながら周囲に話せるタイ人などいるはずもなく、話し相手もない孤立無援の日本での暮らしとならざるを得なかった。そんな辛い思いをしている日本での彼女を見て、Aさんはこのまま日本に奥さんを置けないとして一大決心をする。それは会社を早期退職して、家族3人で彼女の国であるタイに定住することであった。
 定住にあたって、Aさんは妻の国であるタイに骨を埋める覚悟で、日本の財産をすべて処分しての後戻りできない道を選択。年金が貰えるまでは、これまでの蓄えを少しずつ取り崩すことになった。そして今年ようやく年金受給の60歳になって一安心したとのこと。
 山岳民族も含めてタイ人女性と結婚すると、悩みの種の定番となっているのが、親戚一族郎党からの度重なるお金の無心。その点についてAさんは言う。「たまにはお金を貸してくれと妻を通してありますが、期間はまちまちですがなんとかお金を返してくれるので、こちらが驚いています」とのこと。次に山岳民族の親や親戚などは不便な山奥に暮らしているので、何かにつけて家にやってきては勝手に泊まりこむ場合が少なくないようだ。その点については「妻の出身は遠い県ですし、妻の親兄弟のいるリス族村も遠い県ですので、ほとんど来ないですね。ただ現在は、妻の姉の高校生の娘さんを下宿させてチェンマイ市内の学校に通わせています」とのこと。
 次に、兄弟親戚や近所など周囲の目に対する見栄で、なんでもそれなりに買い揃えようとするタイ人妻が少なくない。その点に関しては「安物買いの服などで、すぐに駄目になってはまた買うような無駄遣いはあるようですが、それ以外のものにはあまり執着しないようです」とのこと。
 Aさんは現在の奥さんと結婚するまでに、実は日本で2回結婚して2回とも離婚している経歴を持っている。こちらで大きな年齢差で結婚する日本人男性には、離婚経験者が少なくない。失敗は成功の元などともいうのだが、離婚という苦い体験を素直に振り返っての、年齢を重ねての再度の結婚のほうが、意外に続く可能性は高くなるともいえようか。
「タイではたとえ夫でも土地や家の財産はすべて妻名義で、うちでは乗用車もバイクも妻名義ですわ。でも、死んであの世に土地などの財産やお金を持って行けるわけではなし、妻と子供の物になるならかまいませんわ!」
 このようにまるで悟ったように語るAさん。この心の懐(ふところ)の寛大さが、大きな年齢差を克服しての幸せそうな家族を成り立たせているような気がしてならない。


(107号掲載)

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