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制服が危ない!?

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.09.29 Saturday

 

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 はるか昔、私がまだ中学生だった頃、当時の大学紛争の感化を受けて、高校でもその真似事のようなことをやる背伸びした学生たちがいた。私の通っていた中高一貫教育の学校でも、高校の先輩がいきなりバリケード封鎖をしたり、どさくさに紛れて気に入らない先生に腹蹴りを入れたりする事件が起きた。
 その「紛争」の結果、肝心の教育内容は一朝一夕にそう簡単に改まるものではなく、何が変わったかと言えば、詰襟の学生服が廃止されて、翌年からは私服通学が許されるようになった。つまり、その頃の制服は画一的な規則を押し付ける体制(学校)側の象徴であって、その廃止は自由を獲得した成果とみなされていたわけだ。
ここタイでは、制服に対してそこまでの意味付けはない。小学生から大学生まで、学校へは条件反射的に制服を着ていく。それが、あまりにも当たり前のことになっているので、生徒も先生も制服に対して何の疑問も抱かない。
 とくに小中学校では、いろいろな規則があって制服も一通りではないから、結構やっかいだ。曜日によって、普通の制服、体操服、民族服、ボーイ(ガール)スカウトの服など、何種類ものユニフォームをとっかえひっかえしなければならない。保護者が負担する衣服にかかる費用だけでも、馬鹿にならない。貧しい家庭の生徒が多い山の学校でも、学校側は生徒に同じ規則を当てはめようとする。山岳民族衣装は普通の服よりもずっと高くつく場合が多いのに、「もっと新しい服を着て来い!」と無理な注文をつける先生もいたりして、親たちを困らせる。山岳民族の経済レベルでは、新年祭のときなど、年に1回でも民族衣装を新調できればまだいいほうなのだ。
 今の日本の一般的感覚からすると、大学でも制服があるのはちょっと奇異な感じがするが、タイではごく当然のことのように白いシャツと黒っぽい無地のスカート(ズボン)の着用が義務付けられている。そのせいか、タイの大学生は一見して高校生に毛が生えた程度にしか見えない。かつて、メージョー大学で日本語を2年間教えた経験から言えば、見た目だけでなく性格的にも素直で初々しい。
 この際、男子学生はどうでもよいとして、かくも素直で初々しい女子学生がシンプルこの上ない白と黒の制服を身に着けているのだから、美しくないわけがない。とりわけ北タイの女性は肌が白く、足もすらりとした人が多いので、制服姿が際立って魅力的に見える。青いスカートをはいている中学生時代は、ずんぐりむっくりしたどんくさい女の子が多いように思えるのに、大学生になって黒いスカートを着用すると、どうしてこんなにもスマートに変身してしまうのか、まったく不思議である。制服の違いのせいか、制服に合うように努力して身体をアジャストしているのか。いずれにせよ、制服がこの謎を解く鍵を握っていることは間違いない。
気まぐれ104a
 白と黒の単純な色彩と無駄な装飾を廃したシンプルなデザイン。この制限をちゃんと守りながら、若い女の子たちは精一杯のお洒落を楽しもうとする。ここ数年の傾向として、限られた条件のなかでデザイン的にちょっとした工夫を凝らした制服が登場してきた。はち切れんばかりの健康的な身体にぴったりフィットしたブラウス、カモシカのような足を惜しげもなく披露する少し短めのタイトなスカート。人呼んで「ボディコン制服」、よりマニアックには「パッツンパッツン(なぜか2回繰り返し)制服」とかいうらしい。清楚でありながらセクシーという二律背反をさり気なく両立させた点が何より奇跡的だ。これこそタイの制服が到達した最高の美的レベルを示すものに他ならない。制限があるから、かえってそれをバネにして新たな文化が生み出されることになる。イマジネーションが枯渇した昨今の日本人がもてはやす「エロカッコイイ」なんて下品なコンセプトとはまるっきり次元が違う。
 このパッツン(繰り返し省略)制服を眺めては、鼻の下を長く伸ばしているチェンマイ在住オジサン族も多いことは想像に難くない。かく言う私に備わっている本能的センサーも、セーラー服などではピクリとも作動しなかったのに、このタイの制服が視界に入るや否や瞬時にして針が振り切れる。恥さらしのついでに告白すれば、某大学正門近くの食堂のカウンターに腰掛けて一杯やりながら、夕暮れ時の通りを夢のように流れていく女子学生の制服姿の群れを呆然とただ眺めているだけで、ささやかにも幸せな気分に浸ることができる。ただひたすら心の中で「色即是空(繰り返し)」と呟きながら。
 ところが、この密かな楽しみを奪うかのようなニュースが舞い込んだ。6月28日付けの時事通信によれば、「タイ政府と各大学はこのほど、女子大生の制服規制に乗り出した。体の線がはっきり分かるブラウスやミニスカートの制服を着る女子大生がまん延しているためで、 一部の大学はこうした服装の女子大生が教室に入ることを禁じるなど、厳しい締め付けに出ている。同国では数年前から、体に密着する小さめのサイズの白いブラウスやスリットが入ったミニスカートを身に着ける女子大生が増え始めた。教育、文化両省と30大学の代表は『不適切な制服は、セクハラや人身売買の被害者になる恐れがある』などとし、規制に合意。制服販売業者には、丈が38センチ以上のスカートを売るよう求めることを決めた」というのだ。
 どこの国でもお役人の考えることは似たようなものだが、なんて野暮なことをするのだろう。純白のブラウスで既に十分に締め付けている華奢な女の子の身体を、さらに激しく規制で締め付けるなんて。もちろん制服には罪はない。だったら若いピチピチした肉体がいけないのか。いけないのはそのどちらでもなく、問題は見る側の妄想にある。妄想を断ち切るために、制服に規制を加えようという発想はあまりに浅薄だ。そもそも妄想はイマジネーションの一種であるから無限大であり、それを制限しようとすればするほどかえって膨れ上がる困った性質を持っている。
 さらに、どのくらいまでのパッツン度は許されて、どの程度以上だったらダメなのか、その基準がはっきりしない。若い健康的な女性は食欲旺盛であって当然だし、身体の成長も早い。つい食べ過ぎて、先月買った制服がパッツンパッツンになった場合でも教室に入れないとしたら、明らかに教育機会均等の原則に反する。制服のささやかな自由まで認めない大学側の姿勢は狭量に過ぎやしないか。
 ベトナムの民族服アオザイと並んで勝手に私的世界遺産に指定しているタイの制服が危ないとあっては、もうじっとしていられない。さすがにちょっぴり心配になってきて、某大学のキャンパスへと実地調査にでかけることにした。確かに気のせいか、女子学生の制服が控えめな感じになっているような・・・・・・と意気消沈しかかったとき、向こうから「危ない制服」がこちらに向かってやって来た。やっぱりどの学校にも、通達なんか守らない立派な不良学生がいるものだ。いけない女子学生よ、もっと頑張れ! 陰ながらいけないオジサンたちも応援しているぞ。


(104号掲載)

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