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ヤオ族の葬儀(前編)

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.09.29 Saturday

 

山岳民族105号a
 ヤオ族の葬儀は、成人が亡くなったときと子供が亡くなったときでは儀礼のやりかたや規模が異なる。ここでは、親が亡くなったときの葬儀を例に手順を説明する。なお、葬儀の作法はクラン(姓)によっても異なるので、以下の記述はすべてのヤオ族の葬儀にあてはまるものではない。
 まず、親が亡くなった場合、長男が死者のまぶたを閉じてやり、口の中に硬貨を入れる。これは死者の口から、上品でよい言葉しか発せられないようにするためという。続いて死者の体を清め、死装束を着せる。死者にはまだ袖を通していない新しい衣装に着替えさせなければならない。そして、死者が出たことを村人たちに知らせるため、家の外に出て銃を三発撃つ。村人たちは死者が出ると畑仕事を休み、各戸から一人づつ葬儀の手伝いにこなければならない。
 長男はサイミエンと呼ばれるヤオ族の祭司(タイ語ではモーピーに相当する)のところへ行き、親が亡くなったことを告げ、儀礼を執り行ってもらうよう要請する。このとき、長男はサイミエンに煙草を一本献上し、三度お辞儀をするのが儀礼である。
 サイミエンは葬儀のすべての段取りを執り仕切る統括者になるが、その補佐役としてサイトンという役職の人を指名する。サイミエンの資格をもつ者はどの村にもいるというわけではない。自分の村にサイミエンやサイトンがいない場合は、遺族はよその村まで請いに行かねばならない。サイミエンやサイトンには後日、しかるべき謝礼が支払われる。ある村の葬儀の場合、サイミエンには1万バーツ、サイトンには4000バーツの謝礼が支払われた。サイミエンは、その衣装をはじめ、今では民俗学的にも貴重な文化遺産になってしまったミエンファン(十八神像画)など葬儀に使うさまざまな儀礼用具一切を自前でもっていかねばならない上に、三日三晩ほとんど満足に眠ることもできないほどの重労働になるので、1万バーツという額は必ずしも高額なギャランティーとはいえないのかもしれない。
 ヤオ族の葬儀は、亡くなった日から数えて通常3日から5日間にわたって行われるが、親族たちは一致協力して役割分担を決め、迅速に葬儀の準備にとりかかる。主な役割としては、薪などの燃料を探す役(ヤオ族の葬儀では火を多用する)、買出しをする役(葬儀に使う豚や酒を調達したり、護符に使う紙を買ってきて切り刻んだりする)、料理をする役(多数の参列者が集まるので、葬儀の行われている間中、三度三度の食事を振舞わなければならない)、墓穴を掘る役、文字を書く役(写経のように、紙に筆を使って漢字を書く)などである。
 第1日目はお棺の調達や葬儀会場の設営などさまざま準備が行われる。
 親が亡くなった場合、息子たちやその嫁、そして娘たちは頭に白い布を巻く。
 ふだん二階建ての家屋に住んでいる家族も、葬儀だけは平屋の建物の中で行わねばならない。儀礼の行われる祭壇は本来一階に設置されるべきものであり、使者の魂を足でまたいではならないと信じられているからである。遺体は木製の棺に入れられ、土間の上に正面の入り口に足を向けるかたちで安置される。
山岳民族105b
 祖霊を祭る祭壇の上には ミエンファン(十八神像画)と呼ばれる屏風絵風の絵画が飾られ、その前で中国の道士のような衣装に身を包んだサイミエンが、踊るような動作を繰り返してまじないの言葉を唱えながら、昼夜を問わず断続的に儀礼を執り行う。
2日目は、霊魂をあの世に送る儀礼が行われる。ヤオ族は体内に多数の霊魂を宿していると信じられており、その霊魂には良いものと悪いものがある。サイミエンが、竹のへらを使った占いによってよい霊魂と邪悪な霊魂を選別し、邪悪な霊魂を矯正させるために、藁人形を竹の鉈で切り刻み、サイトンがそれを叩き、再びサイミエンがそれを持って家の外へ走り出るといった劇的なパフォーマンスの儀礼がおこなわれる。藁人形はバナナの葉で作った舟に入れ、サイミエンが「先祖と一緒に暮らしなさい」と叫びながら森に捨てる。森は海のメタファーであり、霊魂を乗せた舟を海に放つということである。霊魂は水を恐れるので、海を渡っては戻ってこられないと信じられているのだ。
 2日目の最後、十八神像画の上にかけられていた長い白布がとりはずされ、その先端が椅子や階段を伝わせて屋根裏から屋根の上へと引き上げられ、葉の茂った竹の先端に結び付けられる。死者の魂に家から出てもらい、天高く送るという意味があるという。



(105号掲載)

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