チェンマイ発・ちょっとディープな北タイ日本語情報誌CHAO『ちゃ〜お』は毎月10日、25日に発行。本文へスキップ

<< 日本を棄てたニッポン人 | 最新 | 君は火の玉を見たか? >>

街に出たのはいいけれど・・・・・・

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2007.12.06 Thursday

 

きまぐれ一発コラム108号 
 行きたいけれど、行きたくない。いや、行きたくないけれど、行ってしまうのか。何をわけのわからぬことをほざいているのか、と我ながら呆れてしまうが、これが現在の嘘偽りのない気持ちなのだ。
 初めからそんなところに行かなければよかったとぼやいても、それこそ後の祭りである。羽虫や蛾が命と引き換えに灯りに飛び込むように、男という生物はリスクを犯してでも夜の街に煌くネオンに引き寄せられる。
 ある幹線道路の交差点を過ぎたあたりに、ひときわ怪しい光を放っているネオンサインがあった。しかも、なかなか意味深な店名(具体名は敢えて差し控えさせていただく)である。本能的かつ動物的な嗅覚をくすぐられるのか、いつも車で通り過ぎるたびに気になってはいたのだが、なかなか独りでは飛び込む勇気が出ない。かといって、友達を誘えば、「こんなチンケな安っぽいところは真っ平」と拒絶反応を示されかねない。それなら、あっさり諦めればいいのに、かえって気になって仕方がない。
 ある晩、ほろ酔い加減の勢いに任せて、思い切ってその「気になるお店」に潜入を試みた。店(というよりアパートのような建物)の前にたくさんの女の子が腰掛けているところは他のカラオケと変わりないが、どの娘も媚を売るような仕草も見せず、伏目がちにしている。客の姿を見つけるや、逃がしてはなるものかと100mダッシュ並みの猛スピードで駆けつけるママさんもすぐには現れない。すべてが、どことなく控えめな様子なのだ。
 とりあえず、表情が人懐っこい女の子を手招きして大部屋に入る。天井にはお決まりの小道具のミラーボールが回り、いかにも場末(本当はチェンマイの中心部)のしみったれた雰囲気が漂う。リクエストをしようにも、日本語はおろか、英語の歌さえ1曲もない。普通の日本人なら時間を持て余して、すぐに飛び出してしまうに違いない。逆に、こんな場所でも居心地よく感じてしまう私は、普通の日本人ではないということか。
 警察官のようにいちいち身元を洗うわけではないが、会話のきっかけ作りのために型通りの尋問に取り掛かる。こうしたインタビューは私的文化人類学のフィールドワークみたいなもので、助平心を抜きにしても、なかなかに興味深い。
 聞けば彼女はコン・ムアン(北タイ人)ではなく、チェンダーオの奥にあるリス族の村からやってきたばかりだという。待っていましたとばかり、片言のリス語を口に出してみると、それだけでその場が盛り上がり、自然な親近感、連帯感が生まれる。かつてメーホーンソーンの山村で暮らしていたときに少しだけ覚えたリス語がこんなかたちで役立つとは思わなかった。
 今やこの手の店でリス族などの山岳民族に会うのは、別に珍しいことではない。街に出てきたところで、学歴も資金もない山岳民族の若い女性が働く場所は限られている。食堂の給仕程度では、自分が食べていくだけで精一杯、親兄弟に仕送りすることもままならない。結局は、タイマッサージ店やこうした水商売系の店に流れていくことになる。
 たまたま覗いてみたこの店だったが、怪しい見かけによらず、予想外に健全な雰囲気が漂う。働いている女の子たちも感じがいいし、何より料金がとびきり安い。そこが気に入って、息抜きに(それ以上、息抜きしてどうするの?というご意見は承知の上で)ときどき立ち寄るようになった。
 毎回、そのときの直感でビビビーと閃いた女の子を選ぶわけだが、どうしたものか、いつも隣に座ってくれるのはリス族、アカ族、ラフ族など、山岳民族の娘ばかり。初めのうちは、もともと山好きの私のアンテナが正確に作動したものと思い込んでいたが、やがてこのお店の女の子の実に70%以上が山岳民族だということが判明した。アンテナの性能ではなく、単純に確率の問題だったのだ。それにしても、この確率の高さには唖然とする。
 その傾向を知って、ますますフィールドワークに励むようになったことは言うまでもない。ゴールデン・トライアングル周辺のアカ族の村の娘、パーイ近くのリス族の村の娘、チャイントンからファーンにやってきた両親を持つタイヤイ族の娘……と着実に基礎的資料が蓄積されていく。
 さて、今晩の取材対象者はまだ幼さが残る笑顔の愛くるしい娘さん。例によって、まずどこに住んでいたか尋ねてみると、よく知っているチェンダーオのラフ族の村の出身だった。それだけなら驚くこともないが、話を聞いていくうちに、「これはマズイ!」と思った。十年近く個人的に支援してきた山岳民族の小学校の卒業生だったからだ。しかも、この娘を含めてここで働いている3人姉妹全員がそうだという。水商売なんかで働くはめにならないように、ずっと教育支援してきたつもりなのに、目の前に突きつけられた現実はいかんともし難い。さらに客として鼻の下を伸ばしている支援者の立場のふがいなさ。今さらいったいどんな顔をしたらいいのか。だから、どうしたって複雑な心境にならざるを得ない。
 ただ、救われるのは、こちらの困惑をよそに、肝心の女の子たちが実にあっけらかんとしていることだった。 


(108号掲載)

気まぐれ一発!コラム の記事タイトル一覧へ

 

気まぐれ一発!コラム | Top