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ヤオ族の葬儀(後編)

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.12.07 Friday

 

山岳民族107号a
 3日目は火葬の日である。ヤオ族の葬儀には土葬と火葬があるが、まず火葬をして後にお骨のみを埋葬してお墓を作るケースが一般的だ。火葬の場所は村からそう離れていない森の中の開けた場所が選ばれる。
 祭壇の前でサイミエン(葬儀の一切を取り仕切るヤオ族の祭司の長)は竹のへらを投げて占いをして、昨日見送った使者の霊魂が無事に先祖のもとに到着したかどうかを確かめる。
長男はじめ子どもたちは、サイミエンやサイトン(祭司の助役)、そして参列者に三度礼をしたあと、棺桶を担ぎ、正面の入り口より家を出る。長女は雄の鶏を抱いてあとに続く。家の入り口を出るとき、爆竹をたき、銃を撃つ。子供たちは年の大きい順番に棺おけの下を潜り抜ける。
山岳民族107号b
 出棺を見送る人々は、藁を脚に巻きつける。これは死者に魂をあの世にもっていかれないようにするためだという。棺が村の中を通るときも大人たちは子供たちに「自分たちの魂をもっていかれないように、しっかり体にとどめておくように」と叫ぶ。
 棺が火葬の場所に到着すると、鶏を抱いた長女が棺のまわりを三度まわり、娘たちはすぐに家に戻る(そのとき抱いていた鶏は家で3日間縛り付けておかねばならない)。 残るのは男たちだけである。息子たちは火葬に使う薪を棺のところにおき、サイミエンやサイトンに礼をした後、焚きつけに使う竹をサイミエンに渡す。サイミエンは棺の前で儀礼をおこなった後、棺に対して後ろ向きになって4箇所に点火し、火がついたら全員がその場を去る。このときけっして振り返ってはならない。死者の霊魂を村に帰ってこさせないためである。他の多くの山岳民族と同様、ヤオ族にとっても、死者の魂は哀れみ、悼む対象でもあるが、また同時に恐れの対象でもある。
 サイミエンは全員がその場を離れるまで残らねばらない。そして村に向かう途上でも、死者の邪悪な霊魂が村に入ってきて村人を脅かしたり、親族の夢の中に現れるのを封じるべく呪文を唱え続ける。ヤオ族で死者が夢の中に現れるのは吉凶とされている。村の中では火葬場から帰ってきた人は全員が清めのために手を洗う。
 火葬が終わって半日ほどして、サイミエンと死者の息子たちが現場に戻り、お骨を拾う。長い竹の箸またはサトウキビの茎を使って、お骨の足から頭部まで順に拾いあげ、用意した陶製の壷に入れておく。火葬した場所はヤーカー(茅)を編んだ屋根で小さな小屋を作り、覆っておく。
 翌日、お骨の埋葬がおこなわれる。生卵と鶏を用意し、長男がお骨を入れた壷を籠に入れて背負って墓地に向かう。道中、お骨を背負った人は、けっして籠を地面に置いたり、座って休んだりしてはならない。
 埋葬の場所を決める際、サイミエンが生卵を投げ、割れた場所に埋葬する。卵が割れなければ、そこは死者が好まず、埋葬にふさわしくない場所であるので、何度でも卵を投げて割れる場所を探さねばならない。
 葬儀が終わったあと一定期間は、喪主の家では毎日3度、食事の前にご飯と水を一杯、おかずを一皿、祭壇に供えて死者を供養する。また最初の3年間は毎年死者を供養する儀礼をおこない、その折に墓を立派なものに作りかえることもある。
 以上は死者が成人の場合で、死者が「ピィアンリアム」(「つぼみの人」の意味)と呼ばれる12歳以下の子供だったり、「クァ・タン」(掛三台燈)というヤオ族の成人式にあたる儀礼をまだ済ませていない場合、またヤオ族の人々にとって「悪い死に方」をしたと考えられる場合は、サイミエンがいなくても簡略な儀礼によって葬儀を済ませることができる。また、村の外で亡くなった死者は家の中で儀礼をすることができない。


(107号掲載)

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