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アカ族の歌垣

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2007.12.07 Friday

 

山岳民族109b
 この9月までチェンマイ山岳民族博物館でJICAのシニア・ボランティアとして映像製作の協力活動をされていた長澤潔さんの企画で、山岳民族の歌垣(恋歌)を撮影することになり、コーディネーター兼通訳として同行させていただいた。
 アカ族の歌垣を収録したのはチェンラーイ県のメーモン村。
 男性の歌い手であるピジョン・ベチュグさん(41歳)は、20年ほど前はこの歌垣の腕前によって、幾多の女の子をしびれさせた、村きっての色男だったとのことだ。そして、歌垣によって恋愛を成就させた最後の世代の人といって間違いない(同じ世代でも歌えない人のほうが圧倒的に多い)。
 確かに、モンゴル族のホーミー(フーミー)という発声法を思わせるような彼の独特のビブラートを含んだ張りのある歌声は、男の私が聴いてもゾクゾクするものがある。20年前のアカの娘なら、その声を聴いただけで、何かに感電したかのようにふらふらっと彼によろめいてしまったとしても無理からぬことである。その頃の「歌」にはそれほどの強い力があったのだろう。現代のアカの女の子に聞かせでも「わかんなーい」とか「きもーい」とかいわれて無視されるのがオチだろうが。ちなみに最近タイではアカ族の歌手によるアカ語のヒップポップ音楽なるものがCDとして売られて人気を集めている。とりあえず韻を踏んでいる点ではアカの歌垣の変則的な継承といえなくはないが、これが若者たちの生活のリズム感を支えるアイテムになっているのだろうかと思うと、この20年間の時の流れを感じる。
 最初、私たちは村の周辺をロケハン(撮影の下見)して、向こうの山々が見渡せるとても景色のよい場所をみつけてセッティングしていたのだが、当の歌い手の人たちからクレームがついた。村に近すぎて、歌声が村の中に聞こえてしまう。それはアカ族のタブーにふれるというのだ。歌垣は村の中にその歌声が聞こえないところで行われなければならないというので、ピジョンさんたちの指示に従って別の場所に移動した。
山岳民族109a
 相方の女性、アソン・イェルグさんは39歳で、私がはじめてこの村にきた18年前は、確か新婚ほやほやだったはずだ。ピジョンさんの奥さんではないが、旦那さんからはやはり歌垣で口説かれたのだろうか。
 歌垣は本来、当事者たちだけの間で行われるもので、第三者が聴くことを前提としていない。だから今回の撮影にあたって、歌い手たちがそれほど乗り気になれなかったのは想像に難くない。すでに既婚者同士で、ビデオカメラや他の人が見物する前で、 しかもビデオテープの収録時間内という制約の中で歌わなければならないとあっては、一対一の真剣勝負の緊張感も創作力、想像力の集中度も失われるのはいたしかたない。しかし、それを差し引いても、彼らの歌は見事で、圧倒的だった。
以下にその一部を抜粋してみる。

(男) 今日、歌を歌うのはちょっと遅すぎるかもしれません。今日の歌垣に、実は私はあまり乗り気ではなりません。なぜならば私はもう年をとりすぎているからです(ここまでは本題とは関係がなく、前口上のようなもの。この年になって既婚の女性相手に、しかもビデオカメラの前で歌わされることの違和感を、少し皮肉を込めて歌っているものと思われる)。
 あなたと会ってずっとお話がしたいです。あなたにはもう意中の人がいるかもしれませんが、あなたとお話がしたいのです。 他の人が歌うとき、あなたには聞こえるかもしれないが、私が歌うときは私の歌が聞こえないかもしれない。あなたは私とお話なんかしたくないかもしれません。
(女)あなたは私にとてもいい歌を歌ってくれました。古くからの伝統的な言葉とうたい方で。あなたが歌う歌は私にいろんなことを考えさせてくれます。でも、今日の出会いは、私たちにとっては遅すぎるかもしれません。出会うのが遅すぎたかもしれません(あなたにはもう恋人がいるんですもの)あなたのほうこそ誤解しています。私がもう心に決めた恋人がいると。実のところ私には恋人なんていないのです。私はとても残念です。実際には私には恋人などいないのです。他の人はみな私にもう恋人がいると噂をしていますが、そんなものは噂に過ぎないのです。
 今日、私たちは森の中にいます。ここにいると私はいろんな想いが浮かんできます。あなたとお話がしたいです。お話したいことがたくさんあります。もし私に恋人がいたら、世界はもっと美しいものばかりになるでしょう。私に恋人がないことは、他のすべての世界が保証人になってくれます。
 あなたが歌ってくれたことは、すべてに意味があります。いつもあなたが歌うたびに私はいろんなことを考えさせられます。あなたが歌ってくださったことは、どんな言葉であれ、私の心に残り、私にあなたのことを思い慕わせます。
(中略)
(男)私はもうこれ以上言葉を弄しません。私の気持ちは一言でわかっていただけると思います。あなたは鳥のようにとても賢い人だ。あなたもこんなことわざを聞いたことがあるでしょう。賢い鳥は、どこが危険な場所か知っていて、そっちにはいかない。
賢い子犬は日差しの強い場所を知っていて、そんな(暑い)場所にはいかない。賢くない子犬はどこが日向でどこが日陰かもわからない。命あるものならなんであれ、危険な場所にはいかないものだし、自ら己を損ねるような真似はしません。
(女) あなたが歌ってきたことは、すべて私にとって意味があります。あなたが語ったことを、何年たっても、私は決して忘れないでしょう。歌の言葉を聴いただけで、私はあなたの虜になりました。でも私はあなたのことを愛していても、あなたを見つめているだけで、なにも告白する勇気がありません。たとえ私があなたを愛していても、私はあなたと結婚できないことはわかっています。ただあなたのことを影ながらそっと見つめるだけ十分です。

このような具合で、男と女が即興のかけあいで恋心を歌いあう歌垣は3時間、4時間、ときには丸1日、2日にわたって繰り広がられることもあったという。
 タイの山岳民族の多くの村々で歌垣の伝統が途絶えて、20年あまりがたとうとしている。

※なお、この歌垣のDVDは「ちゃーお」でも今年末頃、販売の予定。


(109号掲載)

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