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モン族のお正月

カテゴリー: タイの山岳民族(三輪隆) | 2008.03.19 Wednesday

 

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 モン族のお正月祭り(ペエ・チャオ・モン)は、たいてい中国正月の1ヶ月もしくは2ヶ月前の新月の日に始まる。したがって早いときは12月の上旬、遅くとも1月の上旬からモン族の新年祭が行われる(2008年は1月8日前後に行われる予定)。
 モン族では元旦にあたる日をサ・イー(1日目の意味)と呼び、その後サ・オー(2日目)、サ・ペー(3日目)あたりまでがもっとも盛り上がるが、その後も村人の興が乗れば祭りは続き、8日目(サ・ジー)まで行われることもある。
 民族衣装に身を包んだ若い男女が向かい合って鞠投げをする「ジュポー」という遊びや歌垣については以前にも書いたことがあるので、今回は新年の儀礼を中心に紹介する。
Sagaku113a
 元旦の2日前、餅つきが行われる。モン族では赤米の餅をつくことが多い。その年最初についた1個目の大きな鏡餅は、各家の祭壇(スッカン)に供えられる。
 元旦の前日、大晦日の日には、午前中はザラ紙を短冊状に切って護符(ダウ)を作る作業をする。午後からは各家でさまざまな儀礼が行われる。
 まず、「プリー・コン・プリー・ロング」と呼ばれる儀礼。家族の中の一人が線香と生卵を入れた籠を背負い、腕にメスの鶏を抱いて、ふだん耕している畑に向かい、ふだん歩いている道に沿って歩いていき、帰ってくる。これは、とうもろこしなどの畑を守ってくれている霊たちに、新年の到来が近いことを告げ、一緒に村に集ってきて、正月をともに祝おうと誘う意味があるという。
 夕方には「フッ・プリー」「フッ・プヨー」と呼ばれる儀礼が、各家の入り口から対面にある壁にしつらえられた祭壇の前で行われる。これは、生贄を捧げ、祈祷を唱えることによって、肉体から遊離してさまよっていた家族の霊魂を呼び戻したり、先祖の霊を召還したりするための儀礼である。儀礼を行うのはその家の家主だが、家に祈祷を行う能力のある人が不在の場合は、「ツンネン」と呼ばれる祈祷師が代理を務めることができる。活きのいい雄鶏が生贄にされ、祭壇に供えられる、後に脚の骨や頭、舌などは占いにも使われる。また、大きな器に生米を入れ、その中に家族の人数分の生卵を入れたものを供える。正月の間、祭壇の下には「チョ」と呼ばれる小さなテーブルが置かれ、そこにはとうもろこしの粒や米菓子などがろうそくや線香とともに供えられる。
 儀礼が終わると、生贄にした鶏を茹でて夕食を食べる。そのあと、紙で作った護符を、玄関のドア、台所のドア、窓、トイレのドア、家の大黒柱、鶏小屋、豚小屋、箪笥、寝台などいたるところに貼り付ける。台所では食器棚、かまど、調理用具、鍋などすべての道具類にもお札を貼る。これは広場でお祭りが繰り広げられる正月の間、留守中の家の中に悪霊が入ってこないようにという魔よけの意味があるという。そして、家の玄関の前、寝室の前、祭壇の下、大黒柱、台所の大小のかまどなど、家の中に7ヶ所あるといわれるモン族の守護神の居場所に蝋燭や線香を灯し、火は正月の3日間ずっと絶やすことなく灯し続けなければならない。
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 そしていよいよ新年の朝を迎えると、若者たちは盛装して広場に鞠投げに出かけ、大人たちは集って酒を飲みかわし、伝統的な歌(ルー・ツアー)を歌いあう。
 正月の3日間にはさまざまなタブーもある。たとえば洗濯をしない(洗濯物を日向に干すことになり、すなわちそれは旱魃のイメージなので、その年、農作物が不作になるといわれる)昼寝をしない(横になるということは、稲やとうもろこしが倒れているイメージなので、これも凶)、銃や刃物類を使ってはならない(台所の包丁は例外とか)、3日間はおかずは野菜を食べず、肉類のみを食す(そうすればその年は年中、肉を食べられると信じられる)、お金を使わない(使えばその年1年間、無駄な出費を強いられる)などなど。要するに「一年の計は元旦にあり」に通じる考え方である。
 こうして1週間以上におよぶお正月祭りの最後の日、村人たちはお金を出し合って、みなで会食して、村長さんが挨拶して、お祭りはお開きになる。


(113号掲載)

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