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出稼ぎの空気

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2008.03.20 Thursday

 

Kimagure114
 早朝、カムティアン市場からお堀端に向かう道の交差点を車で通りかかるたびにいつも気になる光景が目に入る。手持ち無沙汰というか、人待ち顔でうろうろしている人たちがたくさん立っている。それはいつかどこかで見たような光景である。遥か昔、満員電車の山手線の窓越しに見た新大久保か高田馬場あたりの公園でたむろしている労務者たちの姿とピッタリ重なるのだ。境遇や事情は違っても、仕事を斡旋してくれる手配師を待っている点では、どちらも似たようなものに違いない。
 交差点付近にいる人たちの周りには、街中に住む一般市民とは明らかに異質な空気が漂っている。人は物質的な身体だけでなく、空気のようなものを引きずって移動するものらしい。ファランのバックパッカー、中国人の団体観光客、日本人のロングステイヤーがそれぞれ違った空気を持っているように、この人たちは一種独特の空気を身にまとっている。それはときに山の空気だったり、異国の気配だったりする。
 ひと目でタイ人ではないと判るときもある。そのほとんどはミャンマー人で、なかにはシャン州からの違法入国者もいる。建設現場などで顔にタナカー(日焼け止めや肌の美容のために塗る木の粉)を塗っている女性がいたら、まずミャンマーからやってきたタイヤイ(シャン)族だと思って間違いない。その人たちの空気に触れると、シャン州のチャイントンやタウンジーを旅したときの記憶が甦る。ある意味では、現地を訪れるまでもなく安上がりで旅の気分に浸ることができる。
 いくら気になってはいても、交差点で車からさっと降りるわけにはいかない。横目で眺めながらそのまま通り過ぎることを何度か繰り返していたのだが、ある日、どうしても彼らの「正体」を確かめたくなった。いきなりインタビューなどしては警戒されるので、山の人が常用する布袋(このときはメーチェムで入手したラワ族バッグ)を肩から下げて、人待ち顔で交差点にしばらく立ってみた。それこそ、身にまとっている空気が違うので、傍から見て不自然なのはバレバレだが、何もしないよりはマシといった程度の努力(?)はするべきだろう。何より、むやみに人を脅かすことだけは避けたい。
 さり気なく(といっても、やっぱり不自然なのだが)ジワジワと近づいて、まず「どこから来たの?」と尋ねてみた。無視されても逃げられても仕方がないところだが、先の努力が功を奏したのか、それとも手配師と勘違いしたのか、意外とちゃんとした態度で「チェンダーオ」「メーアイ」(どちらもチェンマイの北のエリア)といった答えが返ってきた。「なーんだ、私もその辺りにいたんだよ」と急に打ち解けた会話になる。
 そこにいたのは皆、ラフ族の村から建設労働や道路工事などの日雇いの仕事を求めて街に出稼ぎに来た人たちだった。日雇いの賃金は1日200バーツだという。同じ道路工事でも、地元での日雇いだとそれよりずっと少ない(たぶん法定の最低賃金以下)はずだし、仕事だってコンスタントにあるかどうかわからない。農作業の日雇いにしても、季節によってバラツキがある。コーヒーなどタイムリーな換金作物でも栽培していない限り、村の農業だけではどうしても生活に必要な現金収入が不足してしまう。結局、こうやって街に出てくるしか選択の余地はないわけだ。
「ミャンマー人は?」と訊いてみたところ、この日は姿が見当たらないとのことだった。最近は取り締まりも厳しくなって、不法入国者の出稼ぎは少なくなっている。ミャンマー人でも、労働許可証に相当するものを持っていなければすぐに捕まってしまう。ラフ族の男性は100mほど離れた道向こうを指差して、「あそこにいるのはリス族だよ」と教えてくれる。どうやら、民族ごとに待機場所が違っているようだ。
 かつてメーホーンソーンのリス族の村で暮らしていた私にとって、リス族は身内のようなもの。そう判ると途端に気が楽になり、遠慮なくつかつかと歩み寄って話しかけてみた。偶然にも、メーホーンソーンにある馴染みのリス族の村からやってきた人たちだった。業者同士の取り決めがあるらしく、こちらも賃金は1日200バーツ。そうこうするうちに、ピックアップの車がゆっくり近づいてきて道端に停車する。待機していたリス族の何人かが(順番待ちがあるためか全員ではない)運転席の男と掛け合い、交渉がまとまると車に乗り込んでその場を立ち去っていく。こんな光景が、毎日繰り返されているのだ。
 出稼ぎに行くのは、貧しい山岳民族やミャンマー人ばかりではない。家の隣に住む裕福そうな中国系タイ人の旦那も台湾に働きに行っているし、かつては妻の両親もはるばるサウジアラビアまで出かけて仕事(父親は運転手、母親はメイド)をしている。タイの労働事情は、思いのほかインターナショナルなのだ。要するに出稼ぎの目的は、国内であれ海外であれ、社会経済レベルの高いところへと移動することによって生まれた「価値の差額」を所得のプラス・アルファとして持ち帰るということにある。
 生活費が安いからとチェンマイにやってくる日本人だって、出稼ぎみたいなものだ。ただし、この場合はより多くの収入を求めるのではなく、経済レベルの低いところへと移動することによって、より少ない支出で済まそうという魂胆だから、むしろ「マイナスの出稼ぎ」とでも言ったほうが適切かもしれない。自戒の意味も含めて、チェンマイの空気をこれ以上汚さないようにくれぐれも気をつけたい。



(114号掲載)

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