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やはり野に置け・・・

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2008.05.24 Saturday

 

Kimagure-116

「これから村に向かうんだけど、どのあたりだっけ?」
「ウッソー、ほんとうに来ちゃうの。それってマジやばくない?」
 電話をかけている相手は、日本の女子大生ではなくラフ族の女の子だから、もちろんこんな言葉遣いをするはずもないが、電磁波の揺れに覗く心理を解析して意訳するなら、まあこんな風になる。
改めて状況をご説明すると、チェンマイ市内にある山岳民族の在籍率70%以上の健全なカラオケで知り合ったラフ族三姉妹(64号本コラム「街に出たのはいいけれど…」 CHAOサイトご参照のこと)から、おそらく社交辞令で「1月8日に新年祭が始まるから、遊びに来てね」と誘われていたのを真に受けて、年明けから指折り数えて満を時したその8日、村に帰省しているはずの姉妹に電話で訪問先を確認した次第である。
 電磁波から伝わる空気を察して、酒の店でちょっと知り合っただけの女の子の実家まで押しかけるなんて、「まるでストーカーもどきじゃないか」といったんは自責の念にかられたが、すぐさま正当な理由を見つけて気を取り直す。幸か不幸か、偶然か必然か、チェンダーオの山奥にあるこの三姉妹の卒業した小学校の支援に長年の間、携わっていた関係上、「卒業後進路指導のための家庭訪問」を標榜する錦の御旗を掲げることができるからだ。「なんか公費での観光ツアーを視察研修旅行にでっちあげる市議会議員みたいだなぁ」と思いながらも、別に悪いことをするわけではないから、後ろめたさは微塵もない。詳しい事情は内緒だが、妻にもちゃんと行き先を告げて外出した。
 さて、電話に出た末っ子の娘さんから教えてもらった村の名は、やたら長ったらしくてよく聞き取れない。「チェンダーオ〜チャイプラカーン間の国道沿いで村の入り口にカラオケがある」という断片的情報だけをひたすら頼りに日も暮れかかる山道を運転していると、尾根道からそれるように張り出しているそれらしき村を発見。確かに道路際には、カラオケとは名ばかりのうらぶれた一杯飲み屋がある。
 村の中は、新年祭だからといって取り立てて華やいだ雰囲気は感じられない。通りかかった村人に三姉妹の家を尋ねると、誰のことかすぐ見当をつけて、「この先の新しい家だよ」と教えてくれる。街に働きに出ている年頃の美人姉妹となれば、村でも注目の的にならざるを得ない。崖っぷちに建つシンプルなセメント作りの家を見れば、木と竹で組まれた他の家との違いはなるほど一目瞭然だ。それでも、私を含めた馬鹿な客を心ならずも接待した深夜労働の代償の結果がこれかと思うと、ため息をつきたくもなる。
 家の前の空き地では、次女と三女が餅つきをしている最中で、笑顔で手招きしてくれる。新年祭の初日(あるいは大晦日と言うべきか)は、ラフ族の正月に欠かせない餅作りに励む。アンバランスなシーソーみたいな木製脱穀機の端を数人で足踏みして、臼の中のもち米(白米と赤米の両方がある)をついていく。日本の場合は、杵でつく合間に水を入れる人がいるが、こちらはその代わりにゴマ(エゴマ)を加える。これで独特の香ばしい風味が出るし、ゴマから滲み出る油分で餅が臼にくっつかない。できたての餅はすぐに鏡餅のように丸めて、松で飾った竹の棚にお供えする。
 無邪気に餅つきを楽しむ十代の姉妹の表情には、まだあどけなさが残っている。こんな愛くるしい素顔を見てしまうと、店で働いているときの彼女たちは仮の姿だと信じたくなる。「やはり野に置けレンゲ草だな」とつくづく思う。ただ皮肉なことに、その仮の姿がいつのまにか実の姿になってしまう恐れは十分にある。たとえ生活の糧を得るためと割り切ってはいても、土壌の中に含まれる毒成分は着実に根を蝕んで、やがては素朴な花を枯らしてしまう。余計な注釈をすれば、女性に関する「素朴な」という形容は実に複雑な意味をはらんでいるのだが…。
 とりあえず、村のなかではレンゲ草は健気に咲いているから、無駄な心配はもうよそう。餅つきが終わってしまえば、やることもないので、家の裏のわずかなスペースにゴザを敷いて、ささやかな新年の宴を始めることにする。宴といっても、姉妹の作ってくれたあり合わせの料理をつまみに安ウイスキーを飲むだけだが、目の前には雄大な山の景色が広がっていて、傍らにはレンゲ草が風にそよいでいる。まったく贅沢この上ないロケーションにしてシチュエーションである。
 いつしかあたりは暗くなって、息を呑むように美しい満天の星が輝き始める。これだけでも、はるばるやって来たかいがある。さあ、そろそろ新年祭の踊りが始まる時間かな?と期待していると、今日は餅つきだけで踊りは翌日からだと知らされてガッカリ。せっかく三人姉妹の民族衣装晴れ姿を撮影しようと張り切っていたのに……と意気消沈して帰ろうとしたとき、「泊まっていってもいいのよ」と次女の娘さん。さすがにそれは遠慮したが、思ってもいなかった温かい言葉に、我ながら単純にもジーンときてしまった。さらに「じゃあ、これ持ってってね」とつきたての餅をたくさんお土産にくれたとあっては、もはやむせび泣くしかない。
 というわけでこの善意に応えるべく、祭りも終盤の1週間後、よせばいいのにまたもや家庭訪問を実施したのであった。
 やっぱり、これじゃストーカーか!?


(116号掲載)

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