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我が懐かしのリス族たち 後篇

カテゴリー: 気まぐれ一発!コラム | 2008.05.24 Saturday

 

Kimagure-120
 ファランやタイ人の観光客で賑わうパーイの街からほぼ平坦な道を5km進むと、リス族のナムフー村に出る。メーホーンソーン県にある他のリス族の村と比べても、この村はかなり特殊な状況に置かれている。観光地パーイからのアクセスがあまりにイージーなので、山の中に島宇宙的にポツンと孤立しているような一般的山岳民族の村のイメージは微塵もなく、外界に対して開かれているというか、開かれすぎている印象が強い。訳知り顔のファランのトレッカーなどは「スポイルされてダメだ」と簡単に決め付けるが、見方を変えれば逆にそこが興味深い。
 さて、前篇ではパーイの街で久しぶりに再会したリス族女性アパマ(以前、個人的に面倒を見ていた子供たちの母親)に誘われてこのナムフー村に出かけた。アパマの義母の家でひと息ついてから、いつもの習慣で村の中を散歩する。前回、この村を訪れたのはもう15年ぐらいも前のことになるが、村はずれに小学校があり、そのそばにかつての仕事の相棒で長年の友人でもあるソンブーンの両親が住んでいたことだけは覚えていた。この両親はずっと以前、パーイから未舗装の悪路を車で5時間以上もかかるような、とんでもない奥地の村で暮らしていたが、それではチェンマイで働くソンブーンが里帰りするにはあまりに不便だという理由から、平地に近いこのナムフー村に移ってきた。山奥でのケシ栽培(昔はそれが一般的リス族の現金収入の柱だった)に見切りをつける意味もあったらしい。
 学校近辺をうろうろしていると、校舎脇の家の庭で赤ん坊を抱いている女性がニコニコして手招きする。近づいてよくその顔を見れば、ソンブーンの妹アスマじゃないか。風の噂で街に出て働いていると聞いていたので、村にいたとは意外である。実は、彼女は私が15年前にチェンダーオの滞在施設を立ち上げた当時の従業員だった。といっても、その滞在施設のあまりの寂しさに耐えかねてホームシックにかかり、たったの3ヵ月で辞めて村へ逃げ帰ってしまったのだけれど。
「あのときは子供だったからね」と彼女は照れくさそうに笑う。「17歳じゃ、無理もない。雇ったこちらが悪かったんだよ」と謝ったところ、「ほんとうは14歳だったの」と返されて驚く。ソンブーンが妹を雇うようにさせるためについた嘘が15年もたってようやくばれた。当然、もう時効だから怒る気もしない。それどころか、お互いに顔を見合わせて大笑い。
「アタはどうした?」と訊いてみる。アタはアスマの義兄で、これまた当時の従業員だった。今から考えると、たった3人とはいえ、従業員全員がリス族という超ユニークで非常識な滞在施設だったのだ。このアタもアスマの後を追うように、その数ヵ月後に職場を放棄して去っていった。
 このときに私が学んだことは、山岳民族のような極めて血縁的結束の固い村落共同体で暮らしている人間を個人として切り離してしまうと、まるでバッテリーが切れるように時間が経つにつれ生命力が萎えて、やがて元気がなくなってしまうということだ。つまり、彼らは個人として存在する前に村落的共同体の中に包まれて生きている。解かりやすく説明すれば、村落共同体が充電器の役割を果たしているわけだ。チェンダーオの滞在施設も山岳民族の村も自然環境的に「寂しい」ことにたいした違いはないが、彼らが「寂しい」と訴えるのは人間的な絆が切れてしまった状況にあったからだ。こうした人間のあり方は生物学的(社会学的?)には、むしろごく自然で当然のことなのに、日本を含む近代社会ではまず個人としての人間(いわゆるヒューマニズム)をむやみに強調する傾向がある。これはおかしくないか?
 さて、アタに話を戻すと、数年前に覚醒剤の運搬現行犯で捕まって、現在は刑務所に入っているという。そのときに、ソンブーンのいちばん上の姉の旦那ウドムも一緒に捕まったとのことだった。ウドムは中部タイからやってきたタイ人で、以前はソッポン(メーホーンソーンとパーイの中間にあるパーンマパー郡の村)の近くでゲストハウスをやっていたが、商売的に失敗してとんだ仕事に手を出してしまったらしい。傷だらけになって、バンガローを自力で建てていたウドンの姿が幻のように浮かんで消えた。
 ともかくも、働き手の旦那を失った2人の姉とアスマはやむなくバンコクに出て、マッサージの仕事をしながら生活費を稼がねばならなかった。ナムフー村からはチェンマイへもたくさんの女性たちが働きに来ているが(実際に何人もの女性に会ったことがある)、バンコクのほうがはるかに稼ぎがいいということだった。
 そういえば庭の一角に、この家には不似合いなバンコク・ナンバーの乗用車が駐車しているのが気にはなっていた。予想通り、それはアスマの恋人のものだった。車の脇の寝椅子には太ったタイ人が横になっていた。「ソンブーンには内緒にしてね」とアスマは念を押す。
 やがて、家の奥から両親が出てきて、「やあ!」と15年ぶりの再会の握手をする。こちらの頭はみっともなく薄くなったのに、お父さんのカクシャクとした様子にはあまり変わりがない。この日はリス族の新年祭だったので、家族の皆さんと村はずれの小高い場所にある祠にお参りに行くことになった。もちろん、赤ん坊の父親であるタイ人男性も参加して神妙な顔で儀式の様子を見守っていた。ついでに、私も首に糸を巻いてもらったら、気のせいか人間の絆が元通りに戻ったようで嬉しくなった。



(120号掲載)

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