チェンマイ発・ちょっとディープな北タイ日本語情報誌CHAO『ちゃ〜お』は毎月10日、25日に発行。本文へスキップ

可能性秘めたラーンナー音楽

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.08.10 Monday

 

今号のピックアップコラムは、
北タイに伝統楽器を紹介する「癒しの音を奏でる ラーンナーの楽器」。
執筆者は、沖縄出身のシンガー&三線奏者で
現在、チェンマイにてラーンナー楽器を学びながら、ラーンナー音楽を研究中の河原弥生さん。
今回はラーンナー伝統音楽を用いて社会に貢献する活動のお話です。


 
 サワディーカー!
 サワディークラップ。
 ピックアップ車で軽快に登場し、朝から素敵な笑顔で私と友人の目の前に現れたイケメン・・・・・・クルー(先生)トム。
クルーに向かって失礼なのは承知で我が胸の内を晒すと、クルーは、普段から頭の天辺でお団子を結っているが、その日は、一段とそのお団子が冴え、爽やかなシャツを纏い、いつになく紳士に見えた。
 クルートムについては、前回、ワットスアンドークで北タイの伝統楽器を無料で教えている先生として紹介済みだが、クルーの携わっている幾つかの活動に興味が湧き、その中でも特に気になった活動を、本コラムで紹介する。
クルートムから事前に、「あなたの楽器(三線)を披露してほしい」という依頼もあり、私は沖縄の三線を担いで、クルーの車に乗り込んだ。クルーが「3時間、あなたの演奏を披露してね」と冗談めいた発言をして不安を煽ったが、私は興味心で一杯だった。車中、これまでの活動経緯を丁寧に説明してくれたクルー、そんなクルーが向かった先、それは、女性刑務所である。10年前から取り組んでいるという、ボランティア活動のひとつ。
 この活動のきっかけは、刑務所に勤務している職員が、受刑者の精神的なケアを目的とし、北タイの伝統楽器に着眼した点にある。楽器に触れることで精神安定を図り、演奏を通して自信をつけてもらいたいという願いから、職員が指導者を探し回っていたのだ。職員はあらゆる情報を元に、北タイの伝統楽器奏者に声を掛けお願いしたが、刑務所と聞いた途端、ことごとく断られたそうだ。そんな中、クルートムは快く承諾した。寧ろ、音楽によって、受刑者の思考が少しでも「正」へ向かい、暗雲立ち込めた心を穏やかにするのであれば、こんなにも素晴らしい取り組みはない、と賛同してのことだった。
 ここ、北タイでは、麻薬の密売が横行している現状がある。貧富の差が激しく、貧困で喘いでいる家庭では、善悪の判断もままならない子どもたちに、生活費の糧と称し、麻薬の運び屋として利用することも少なくない。また、家族を養うために自ら闇に飛び込む者が後を絶たず、重い刑に処せられることも然り。タイでは、違法産業として、麻薬の所持、販売、密輸は重罪である。本人の使用有無に関わらず、所持量によっては、死刑もしくは終身刑という極刑が言い渡される。
 悲しい現実に目を背けることのできないまま、収容された女性たちに会うのは、なかなか辛いが、クルートムは至って前向きであった。この活動は音楽療法の一貫として、認知されつつあり、クルーは、毎週月曜日の午前9時から正午まで、サロー(擦弦楽器)、スン(撥弦楽器)、タフォーン(打楽器)、クルイ(吹奏楽器)の4種の楽器を40〜50名もの受刑者にたった一人で教えているそうだ。
「CHIANG MAI WOMAN CORRECTIONAL INSTITUTION 」の文字が私の視界に飛び込んできた。車に手荷物を置き、緊張の面持ちで正面玄関へと向かった。そこを抜けると、受付があり、パスポートを提示して名前を記入する。物の持ち込みは勿論禁止、前以てクルートムが話してくれていたこともあり、三線はケースごとチェックされ通過、スムーズであった。職員と軽く挨拶を交わし、ある程度落ち着いたところで所内を見渡すと、殆どの女性職員が女優並みに美しいではないか。おそらく身体も鍛えているであろう。足の美しさには唸ってしまった。脹脛、足首が引き締まっていて、下から這うように見上げると、お顔が……笑顔。なんだろう、このスチュワーデスを彷彿させる髪型といい。いけない、いけない。目的を見失いそうになってしまったが、いざ、所内に足を踏み入れると、受刑者が挨拶してくれる。イメージしていた緊張感は然程無く、「音楽療法 北タイ音楽室」と表示された部屋に案内された。おそらく、40名位か。受刑者たちが、地べたに座って、クルートムを待っていた。先にクルーが入室し何かを説明しているようだった。その後、手招きされ、クルーが私たちを紹介してくれた。私たちが挨拶すると、割れんばかりの大声で挨拶が返ってきた。

 

 

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ピックアップコラム アカ族のメメント・モリ 〜先祖からの格言〜

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.07.01 Wednesday

 

今回のピックアップコラムは
偶数号で掲載中のコラム「アカ族のメメント・モリ 〜先祖からの格言〜」です。

筆者はアカ族の村で生活し、アカ語とアカ族の死生観を研究中の村岸伝造さん。
Memento moriとは、ラテン語で「死を記憶せよ」の意味で、
アカ族に伝わる格言を、特に死生観に焦点をあてて、
毎月ひとつづつ紹介してくれています。
北部タイの山岳部に住むアカ族の価値観が
時には日本人のそれと似ていることもあり、毎回とても興味深い内容となっています。



第5回 「御家(おいえ)を守る」
Nawr adzuiq aqcha ta bi byawv kaq
ノォ:アヅュー.ア.チャー、タビビョォ:カー.
己の姓を、絶やしてはいけない
 (※[:]は高音、[.]は低音、無記号は中音を表す)

アカ語の「イコン」は、一般に「家」と訳されますが、
物理的な「家・家屋」だけでなく「家系」や「血筋」等の意味も含むため、
むしろ日本語の「御家(おいえ)」に近いニュアンスです。
アカ族にとって「アジュ(姓)」や「イコン(御家)」がいかに重要であったかは、
周辺のタイ・ラオス・ミャンマーなど、
近年まで庶民に「姓」の概念がなかった
(ミャンマーでは今も姓がない)文化に囲まれながら、
自分たちの「姓」を連綿と継承してきた、
という事実からも伺えます。
アカ族の禁忌や戒めに、結婚・出産など御家の存続に関するものが多いのは、
こうした考えによるものでしょう。
アカ族の死生観においては、
死後の世界も家族単位で構成されているため、
「ムベェ(天国)」と「イコン(御家)」、「アバ(祖霊)」は、
いわば三位一体ともいうべき密接な関係にあります。
自分が死後向かうべき場所では自分の祖霊の一族が待っているのですから、
祖霊と切り離されることは即、自分と天国とが切り離されることを意味します。
現世に生きる者の振る舞いは天国の一族へも反映され、
天国の一族が栄えれば、その徳は現世の自分たちへも返ってきます。
こうして現世と天国とは、相互に連関し合いながら、共に栄えていくのです。
これは、太古より制度としての「御家」を発達させてきた
我々日本人にとっては、理解しやすい概念です。
反対に、アカ族の間では近年こうした伝統的な死生観や家族観は
次第に失われつつあります。
これと引き換えに、「御家を守るなんて時代遅れだ。自分は自分の生きたいように生きる」
という現世的・刹那的な人生観が主流となり、
アカ語の姓をタイ語風に改名する若者も増えてきています。
こうして都市への順応を果たし、ある程度の物欲を満たした山の民たちは、
一方でかつてないほどのモラル・ハザード(道徳的危機)に直面しています。
御先祖との繋がりが希薄になったことで、
彼らは御先祖に対する羞恥心や道徳心、使命感をも見失い、
天国の所在が分からなくなってしまっているのです。
混迷を極めるタイの現代社会にあって、
生きにくさを感じた山の若者たちがこのことを思い出すには、
まだまだ多くの時間がかかりそうです。



292号ちゃ〜お掲載

 

 

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特別寄稿 理学療法士としてタイで感じたこと

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.04.25 Saturday

 



理学療法士としてタイで感じたこと


文・写真 保坂伸一
 青年海外協力隊としてチェンマイに来て、もうすぐ2年が経とうとしています。
 職場はチェンマイゲートとターペーゲートの間にあるタマパコーン高齢者社会福祉開発センターです。当施設はタイ国内に12箇所ある国立老人ホームのひとつで120人の社会的支援が必要な高齢者が入所しています。政府の補助金では不足し、タンブンで支えられています。
 私の仕事、理学療法士とは骨折や脳血管、神経障害など、様々な病気や障害の人々に対し、生活の質の維持、向上を目的にその人に応じた訓練や治療(運動療法、物理療法、日常生活動作指導)を行うものです。
 例えば、筋肉や関節の正しい使い方を促すことで痛みを軽減させたり、関節症などの障害予防を促したり、それを歩行や入浴、トイレ、食事、趣味などの日常生活の動作に生かしたりする。どうしたら自立して楽しく生活が可能か、家族の負担が減るか、福祉用具などの環境面や患者さんの性格も考えながら、あらゆる方法でアプローチを行っています。
 活動時間は月曜日から金曜日の朝8時半から夕方5時まで、施設の入所者や公営デイサービスの利用者、地域在宅患者へリハビリを主に行っています。また、日本の文化紹介を兼ねた活動や日本からのスタディーツアーのサポート、チェンマイの介護について考える介護研究会に参加しています。その他、タイのリハビリテーション隊員と日本の紹介を兼ねたSUKIYAKI体操(https://www.youtube.com/watch?v=yrMAhGUdgek)を作成し普及を勧めています。
 現在、タイでも日本と同様に 60歳以上の高齢者が増えており、東南アジア地域の開発途上国の中では最も高齢化が進んでいます。高齢者が7%以上を占める「高齢化社会」に突入しており、2024年には14%以上の「高齢社会」になると言われています。
 タイでは約8000人の理学療法士がいますが、人数は日本の10分の1ほどです。多くのセラピストは収入の多い首都圏や病院勤務を希望し、地方の福祉施設では人手不足が続いています。そのため、高齢化に対する取り組みのひとつとしてタイ各省庁より JICA(Japan International Cooperation Agency)へボランティア要請が挙がり着任しています。
 日本とのリハビリテーションの大きな違いの一つは患者さんが利用する頻度です。日本では一般的に骨折や脳血管障害で手術した患者さんは、その後リハビリを行うための病院で3〜6カ月までのリハビリを受けることができます。
 タイでは早い人で手術日、多くの方は1週間ほどで退院してしまいます。理由は金銭の負担が大きいからです。身体の回復期間に病院や訪問リハビリを受ける機会は少なく、1日中自宅で寝ていて動けなくなってしまう人も多いのです。
 介護保険制度がない事に加え、山岳地で病院に行く手段がない、お金が無い患者さんは退院後のリハビリを受ける頻度は少なくなってしまいます。
 また、リハビリの捉え方も大きく違います。病気になったことを運命、前世の行いのためと受け入れてしまいます。介護は昔の日本のように家族介護が主流ですが、親が病気になった後に無理して身体を動かすことはあまり希望しません。
なぜなら、リハビリもタムガーン(仕事)と考える人が多いからです。その中でリハビリを行うことは文化に逆行するとも言え、無理強いすることはできません。
 多くの高齢者も障害をもつようになると頑張ってリハビリをしようとしません。家族は本人が1人で出来ることでもすべて手伝ってあげるため、結果、体力は低下し、さらに介護の負担が増えてしまいます。痛みに対しても原因を解決するのではなく、薬を飲むことだけで対処してしまいます。(以下の会話文参照)
 実際に理学療法を実施し身体を動かすことで痛みが取れたり、楽に動けるようになる。このように患者さんや家族は実際に当事者として経験して、初めてリハビリの重要性を実感するのです。
 理学療法士としては何ともやりきれない思いがありますが、リハビリや介護の役割がきちんと理解されるまでには、まだまだ時間がかかるでしょう。
 現状では少ない機会の中でしっかりとした家族指導を行い、家族と一緒にリハビリをしていくことがタイにあった方法なのかもしれません。
 身体の状態が良くなった時の患者さんの笑顔はタイでも変わりません。さすが微笑みの国!! 本当に嬉しそうな笑顔にいつも癒されます。任期も残り少なくなりましたがタイの文化を尊重しつつ、数年後に僅かでも何かが残せるようにリハビリの良い部分を伝えながら、最後まで活動していきたいと思っています。

〜よくある日常会話〜…
私「おばあちゃん膝の痛みは治った?」
おばあちゃん「ちゃーお、完全に治ったよ!痛み止めの薬飲んだからね!」
私「う…うん、良かったね。」(痛みがとれただけで原因は何も解決してないよー)

筆者プロフィール
回復期病院(リハビリテーション病院)に勤務し脳血管障害、運動器障害を中心に理学療法を行う。その後、青年海外協力隊に参加。平成25年8月よりチェンマイへ着任。タマパコーン高齢者社会福祉開発センターで理学療法士としてボランティア活動を行っている。


 

 

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癒しの音を奏でる ラーンナーの楽器(284号)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.02.11 Wednesday

 

今号のピックアップコラムは、
北タイに伝統楽器を紹介する、
「癒しの音を奏でる ラーンナーの楽器」。
執筆者は、沖縄出身のシンガー&三線奏者で
現在、チェンマイにてラーンナー楽器を学びながら、
ラーンナーの音楽を研究中の河原弥生さん。
ラーンナーの伝統的な楽器の紹介を
実際に学ぶ中での経験をもとに紹介してくれています。
コラムを読んで興味を持った方は
ぜひ実際の音を聞いてみてください。



第3回目  サロー2

チェンマイ大学のティティポン先生に連れられ、
サローのオーダーに行った日から5ヶ月。
手に取ったサローを弾こうと、覚束ない手で弓を握り、
サローの弦に弓をあてた。
思い切って引いてみると、意外や意外、
素敵な音が響き渡って喜んだのを憶えている。
心の中で「これはイケるぞ」と浮き足立っていたが、
音を変えようと違う弦に移ると・・・
何とも言えない耳障りな音が部屋中に響き渡ってしまった。
何と表現すれば良いか、
扉が上手く閉まらない蝶番の軋む音というか、
古い椅子に座って「ギーギー、ギシギシ」と鳴っている音というか、
とにかくストレスの溜まる音である。
何より、そんな音を自分が出しているかと思うと情けなかった。

サローは、日本の胡弓や中国の二胡に類似する北タイの擦弦楽器である。
胴の部分がココナッツ、サローの竿や糸巻き、
弓の竿の部分が紅木や黒檀、
チークウッドなどの堅い木で作られている。
日本本土では胴の表面に犬皮や猫皮、沖縄では蛇皮を張るが、
サローは板を張る。
弓にはナイロン(釣糸)や馬の尾の毛が使用されているが、
昔は女性の毛髪を使っていたのだそう。
サローの性質を少しでも理解することで、
楽器と向き合い、私の目指す音が出せればと願う。

ティティポン先生は、ラーンナー音楽の第一人者で、
チェンマイ大学で民族音楽学を教授している。
民族音楽の研究をする傍ら、
プロの音楽家として各国で演奏や講演するなど、
音楽界に貢献している。
また、ラーンナー音楽をベースとしながら現代音楽の創作も試みている。
そんな先生とのレッスンは非常に中身の濃いものである。
先生はよく、
サロー本体はボディであり、弓はスピリットだと言う。
サローは、体と心を使って演奏するが、
心が何処へ行っても、体はしっかりと地につけておきなさいという。
両方をうまくコントロールできると、
良い演奏に繋がっていくのだそう。
私の場合、レッスン当初は、
体も心もあっちこっちへ行きとんでもない事になっていた。
そうなると、前述した耳障りな音が炸裂し悲しくなってくる。
しかし先生は、基本練習を徹底してさせた。
ドードードードーソーソーソーソーを
何度も何度も繰り返し、
一緒に弾いてくれる。
先生に言われたこと、気付いたことをメモして
疑問は直ちに質問する。
レッスンが終了し次のレッスンまで一週間はある。
それまでひたすら、自宅で復習や予習に励むのである。
このような練習を繰り返し行っても、
中々なかなか定まったポジションが確立できない。
一生懸命左手の小指を伸ばそうとして左手が下がってきたり、
響きの良い音が出たと張り切ってそのポジションを覚えレッスンで披露するが、
それは肩に力が入って右手が上がっていたなど、散々であった。
しかし、時間が経つとある程度、
自分の癖が見えてくる。
いや、先生が毎回注意してくれるから分かることである。
最近では、ようやく耳障りな音から解放され、
短い曲ではあるが7曲程度、演奏できるようになった。
但し、演奏できるようになったのは
先生から頂いた楽譜をそのまま演奏することであって、
ラーンナーの演奏家は、
その殆どがインプロヴァイス(即興)を主としているため、
まだ演奏できたうちには入らない。
具体例を挙げると、
ティティポン先生は「Changsaton」という演奏グループのメンバーであるが、
ラーンナーの伝統音楽は場面によるが、
同じメロディを繰り返し何時間もかけて演奏することがある。
全て同じ演奏だと奏者も聴衆も飽きてしまうため、
装飾音を足したり、指をスライドさせ音の余韻を聴かせたりと、
あらゆるテクニックを披露する。
しかし、それでも同じメロディを何時間も演奏するのは厳しいものがある。
そこで、ラーンナー音楽を演奏する上での決まり事がある。
それは、4小節を1フレーズとし、
フレーズの最後の音は決して変えてはいけないが、
それ以外の音は変えても良いというものだ。
フレーズの最後の音がしっかりと合っていれば、
他の音を変えても支障がない。
クラッシックを学んできた私には驚くべきことであった。
なぜなら、これまで、楽譜を忠実に再現して
作曲家の意図や思いを汲んで演奏することに
重きを置いてきたからである。
ティティポン先生との出会いで、新たな音楽の楽しみ方を知った。



ティティポン先生の演奏は
https://www.youtube.com/watch?v=rG2nrLqQwig

コンテンポラリーダンスとのコラボレーション 
https://www.youtube.com/watch?v=rG2nrLqQwig

 

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アカ族のメメントモリ 〜先祖からの格言〜(285号)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.02.10 Tuesday

 

今号のピックアップコラムは
今号から新しく連載が始まった、
「アカ族のメメントモリ 〜先祖からの格言〜」の第一回目です。
筆者の村岸伝造さんは、
アカ族の村で生活し、アカ語とアカ族の死生観を研究中。
アカ族の死生観から、自分の生き方について考えさせられるかもしれません。





第1回 「天国で会えない」
Mq-behq gar maf mawr-a
ムベェ.ガァ:マ.モォー:ア
 (※[:]は高音、[.]は低音、無記号は中音を表す)

北タイの山岳民族の一つであるアカ族。
黒地に色鮮やかな刺繍をあつらった伝統衣装で有名です。
アカ族の老人と話していると、
不意に彼らの口から人生の真理のような格言が出て来ることがあります。
私は、これらの格言には、
アカ族の若者たちが置き忘れてきてしまった
深遠な人生の指針が秘められているのではないかと考え、
こうした格言の数々を
後生のアカ族のために遺しておきたいと思うに至りました。

このコラムでは、アカ族の子から子へ、
孫から孫へと伝わる、
いや、伝えたかったのに
何かが間違って現在伝えられていないアカ族の格言を、
毎回1つずつ紹介していきたいと思います。

アカ族の若者が何かのきっかけで
このコラムを見たときに、
「ああ、そういえば聞いたことがある」と
思い出してもらえるよう、
格言はアカ語アルファベットの原文を掲載してあります。
また、日本人がアカ語を正しく発音できるよう
カタカナ読みを併記し、
アカ語の声調を区別するために記号を付してあります
(アカ語はタイ語のような上がり下がりの声調ではなく、
音の高さで音節を区別する)。

冒頭の「天国で会えない」という言葉は、
例えば親戚にヤーバー(麻薬)の運び屋や売春婦、
犯罪者などが出て、
彼らの悪口を言っている人に対して、
「運び屋や売春をしたい人には、させておけばいい。
どうせ彼らとは、もう天国で会わないのだから」
という意味を込めて発せられる言葉です。

「ムベェ(天国)」とは、
アカ族の死生観のキーワードの一つです。
そこは荘厳な神の国のようなものではなく、
純然たる死後の世界。
自分の御先祖が集い合っている場所であり、
自分と一族が死後に向かう場所です。
百の家族があれば百の「ムベェ」があり、
生前の行いで枝分かれしたり一族同士が交わったり、
という不思議な世界です。

敬虔なアカ族は、
生前は御先祖の意思を胸に刻み、
意思に適う生き方をするよう努めます。
そうすれば死後は御先祖たちと「ムベェ」で再会し、
自分もいずれ自分の子孫をそこで迎えることになります。
しかし、本来の歩むべき道を踏み外してしまった人は、
死後御先祖の「ムベェ」に行くことはできず、
別の行き先となります。

上記の例で言えば、
運び屋や売春婦、泥棒や犯罪者たちの集う天国です。
あるいは、そこを「地獄」と呼ぶのかもしれませんが・・・。
「天国で会えない」「死後の行き先は別」。
これは一見冷淡なようにも見えますが、
ひいては「死ぬときは自分一人」、
「自分の死後の行き先を想定しながら現生を生きる」という、
ある意味では現世の人生を
非常に厳粛に捉えているとも言えます。
また、これは日本語の
「御先祖に顔向けできない」等の言い回しとも相通じるものがあり、
日本人には理解しやすい死生観であると思います。


 

 

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ラーンナーのかたち 北タイで見かけたキニナルもの(283号)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.01.26 Monday

 

今号のピックアップコラムは、「ラーンナーのかたち 北タイで見かけたキニナルもの」。
チェンマイ在住の長田繁人さんが、お寺の中で「なんだろう?」と気になったモチーフを
いろいろと調べて、分かりやすく紹介してくれている。
写真も豊富で、実際に撮影された場所がちゃ〜おの地図記号付きで紹介されているので、
気になるモチーフを見に行くのも、このコラムの楽しみ方のひとつだろう。

ワット・チェンマン仏堂の壁画(F)

第6回 サット・ヒマパーン (5) ノック・ハッサディーリン นกหัสดีลิงค์

少し前にチェンマイ旧市内で最古の寺院であるワット・チェンマンを見物した。
土台部分をぐるりと象が囲む仏塔、池の中に建てられた経堂、
雨を降らせる力があるという水晶の仏像プラ・セータンカマニーや
インド伝来の仏像プラ・シラーなど興味深い物が多い。
正面にある大きい方の仏堂の壁画は、伝統的な朱塗りの地に金箔(本物?)で描かれている。
壁画の内容は、水晶仏の由来やラーンナータイ王国を建国したメンラーイ王の事跡などが描かれているそうで、
旧市内の城壁を作っている場面などがあり見飽きない。
壁画の一部に、頭は象で胴体は鳥の姿をした不思議な動物の絵が描かれている。
背中には炎に包まれた建物が置かれ、地面に伏して泣いている女性や僧がいる。
この鳥?は何だろうと気になるので調べてみた。
この鳥は、ノック・ハッサディーリンといい、伝説上のヒマパーンの森に住み、
体は鳥だが頭部は象の鼻と牙を持っているという。
とても大きな鳥で、象の5倍の力を持つという。
現在では、高僧などが亡くなった場合、仮葬を行った後、
半年から長い場合は1年以上の準備期間を置いてから本葬が行われる。
その際、竹や木や紙などで色鮮やかに作ったノック・ハッサディーリンの背中に、
棺が納められた火葬台となる建物(プラーサートといい霊験あらたかな物を安置する)が置かれ、
台となったノック・ハッサディーリンと共に火葬されることがある。
古い写真などを見ると、多くの住民が葬列をなし、
王族や高僧の棺を載せたノック・ハッサディーリンを長い引き綱で曳いて行ったようである。
徳高い人物の棺を曳くことで寿命が延びるという信仰があるようで、
インターネットでの情報だが、1回曳くことで1年延びるとあった。
写真と文 長田繁人

ワット・ジェットヨート仏堂(F)※左は鳳凰/ハンサ

ワット・ブッパーラーム仏堂(F)

ワット・ロークモーリー仏堂(F)

ラーンナーの楽器ピンピアの頭部分(フアピア)






 

 

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ももねこさんのチェンマイ日記

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2015.01.11 Sunday

 

今号のピックアップコラムは、
チェンマイ在住の戸田・ゲオディー・桃子による
やわらかいイラストと文章でのエッセイ、
「ももねこさんのチェンマイ日記」です。

タイトルは、ラーンナースタイルの屋台
年末から、年始にかけて、あちらこちらでたくさんのイベントがチェンマイで行われます。
そのときに、必ずみかけるのが、ランナースタイルの屋台。
洋風のこじゃれた食べ物いいけど、昔ながらのやり方で作っている飲み物や食べ物を片手に、
あちこちをひやかして歩くの、なかなか楽しいですよ。

 

 

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ルーシーダットンで心も体もストレッチ(275号)

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2014.09.25 Thursday

 

今号のピックアップコラムは、チェンマイの有名なマッサージスクール
ロイクロマッサージのクッキー先生の健康コラム
ルーシーダットンで心も体もストレッチ です。
ルーシーダットンとは「タイ式瞑想ヨガ」といわれる仙人のストレッチ。
インナーマッスルと呼吸循環器系を整え、柔軟でバランスのとれた体作りを促します。
毎奇数号にて1ポーズづつご紹介しています。
このコラムを目当てに、発行日目指してちゃ〜おをゲットするという
タイ人のファンもいます!
もし、本格的に習ってみたいという方はロイクロマッサージへ!!




ポーズその24: イッスィースィンのポーズ 肩こり、首の疲れを解消

1.両足そろえて立ちます。両手は後ろにまわし、
お互いの前腕を持ち合います(写真1)。
左足を右足の前に、正面から見て一直線上に並ぶように出します。息を吸います。


2.息を止めながら、左膝を前に曲げ、右脚は伸ばし、
右手で左腰を前に押し、胸は開き、背筋をまっすぐ伸ばします(写真2)。


3−5秒間(できる人はそれ以上)止めます。

3.息を吐きながら、元の姿勢に戻ります。
4.1−3を3−5回行います。
5.左右を替えて、1−4 を繰り返します。

効用:肩こり、首の疲れの解消。



※ ポーズの名前・効用は、「ルーシーダットンパーフェクトBOOK」(大槻一博著、BABジャパン)から引用させていただきました。







 

 

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今月のピックアップコラム クンター流カレン族生活体験

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2014.07.25 Friday

 

今号のピックアップコラムは
チェンマイ県オムコイ郡に在住の 吉田 清さんによる「クンター流カレン族生活体験」です。
筆者のプロフィールは、
カレン族生活体験民泊小屋番頭、人任せの牛飼い、ときどき物書き。
ブログ「タイ山岳民族の村に暮らす」。
著書『「遺された者こそ喰らえ」とトォン師は言った―タイ山岳民族カレンの村で』(晶文社)
カレン族の村に住む筆者がみた、村人の暮らしや考え方がとても興味深いコラムです。
今回のコラムも村の解決方法がわかり、面白いです!




助け合い社会だけに後腐れのない解決法が必要だ。

その 村のトラブル解決法


この原稿が読者の目に触れる頃には、村の田植えもほとんど終わっていることだろう。
稲刈り、脱穀も含めた農作業はお互いの助け合いによって進められてゆく。
従って、この村ではひとりやひと家族だけで生きてゆくことなどとても不可能であり、
常々心がけて村の衆とは和を保っておく必要がある。

しかし、こんな緊密な助け合い社会の中でも、やはり揉め事は起きる。
たとえば、いつだったかこんな事件が起きた。

ある家の軒下に積んでおいた米袋のひとつが忽然と姿を消してしまったのだ。
犯人は、すぐに判明した。
間抜けなことに白昼堂々、その隣家に住む親戚のどら息子が
米袋を自宅に担ぎ込む姿が近所の人に目撃されていたのである。
村内で売れば1,350バーツほどになるのだから、立派な窃盗だ。
通常なら警察沙汰になるところだろうが、盗まれた当人はまず村長にこれを訴えた。
彼はすぐに事情聴取に走ったのだが、
犯人とされたどら息子はあくまでそれを否定する。
やむなく、村長は数人の村の世話役に声をかけ、
夜になって再び関係者を一同に集めた。
この陣容にビビったか、犯人はすぐさま盗んだ事実を認めたのだが、
村長はその裁定を盗まれた当事者に委ねたのだった。
「盗みは明らかなのだから、警察に突き出そうが、殴ろうがあなたの自由だ」と宣言したのである。
しばらく考えた当事者は苦笑しながら
「親戚だし、まだ若いのだから、米を返してくれればそれでいい。
それにしても、なんでこんな間抜けな盗み方をしたのか」と犯人に訊く。
と、犯人も苦笑しながら「親戚だから、そのうちに返すつもりだった」
と答えて大笑いとなった。
このノホホンとした問答。
その場の全員が裁定に賛同し、
書記役がノートにその旨を記した上で全員の署名を求めた。
この窃盗事件は村の笑い話になり、後腐れは一切なかったようだ。

また、こんな事件もあった。
ある中年男性が、親しい幼馴染みの女性とその亭主を相手に喧嘩沙汰を起こしてしまったのだ。
その原因は、幼馴染みのふたりが仲がいいので亭主が焼き餅を焼いて、
ありもしない不倫関係などを口汚く罵ったことにある。
その男性は右目と太腿に青痣、亭主と亭主の加勢に回った女房も手足に打撲傷という痛み分けに終わったものの
両者が村長に訴え出て、「これは大事件!」とばかり、
今度は村の衆全員が公民館に招集された。
むろん私も顔を出したのだが、両者の話をよくよく訊くと
先に手を出した男性が怒るのも無理はないと思われた。
悪いのは勝手に邪推した亭主であり、亭主の邪推を諌めもせずに木切れを持ち出して加勢に回った女房に違いない。
村長は、集まった古老たちに意見を求めたのだが、議論続出。
それぞれの姻戚関係などもからんで、なかなか結論が出ない。
亭主の一族などは、「金を払え!」と見苦しいほどにいきりたつ。
ここで、俯き加減にじっと話を聞いていた村長が顔をあげた。
「あんたが怒るのはもっともだが、理由はともかく相手の家で喧嘩沙汰を起こしたことは許されない。
だから、罰金500バーツを支払うように」
当然、言われた男性は不満をあらわにする。
亭主の一族は、ざまみろとばかり歓声をあげる。
村長、それを制して「ただし、その罰金は迷惑料として村に収めてもらい村のために有効に使うことにする」
亭主の一族は肩すかしを喰らったように唖然とし、
男性は苦笑しながらその裁定を受け入れた。
遠巻きに成り行きを見守っていた大半の村の衆から、静かな拍手が起こった。
こうなると、亭主一族も裁定に従うしかないだろう。
書記役がノートに裁定内容を記し、関係者一同の署名を促した。
署名をした以上、もうこの問題を蒸し返すことはできないのだ。
なんか、いいよなあ、このトラブル解決法。
私は妙にすっきりした顔になった男性に握手を求めて、「良かったね」とこっそりささやいた。


(キャプション)





仲良く歩かないと田んぼに落っこちるのだ、ワン!










































 

 

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今月のピックアップコラム クンター流カレン族生活体験

カテゴリー: 今号のピックアップ | 2014.07.25 Friday

 

今号のピックアップコラムは
チェンマイ県オムコイ郡に在住の 吉田 清さんによる「クンター流カレン族生活体験」です。
筆者のプロフィールは、
カレン族生活体験民泊小屋番頭、人任せの牛飼い、ときどき物書き。
ブログ「タイ山岳民族の村に暮らす」。
著書『「遺された者こそ喰らえ」とトォン師は言った―タイ山岳民族カレンの村で』(晶文社)
カレン族の村に住む筆者がみた、村人の暮らしや考え方がとても興味深いコラムです。
今回のコラムも村の解決方法がわかり、面白いです!




助け合い社会だけに後腐れのない解決法が必要だ。

その 村のトラブル解決法


この原稿が読者の目に触れる頃には、村の田植えもほとんど終わっていることだろう。
稲刈り、脱穀も含めた農作業はお互いの助け合いによって進められてゆく。
従って、この村ではひとりやひと家族だけで生きてゆくことなどとても不可能であり、
常々心がけて村の衆とは和を保っておく必要がある。

しかし、こんな緊密な助け合い社会の中でも、やはり揉め事は起きる。
たとえば、いつだったかこんな事件が起きた。

ある家の軒下に積んでおいた米袋のひとつが忽然と姿を消してしまったのだ。
犯人は、すぐに判明した。
間抜けなことに白昼堂々、その隣家に住む親戚のどら息子が
米袋を自宅に担ぎ込む姿が近所の人に目撃されていたのである。
村内で売れば1,350バーツほどになるのだから、立派な窃盗だ。
通常なら警察沙汰になるところだろうが、盗まれた当人はまず村長にこれを訴えた。
彼はすぐに事情聴取に走ったのだが、
犯人とされたどら息子はあくまでそれを否定する。
やむなく、村長は数人の村の世話役に声をかけ、
夜になって再び関係者を一同に集めた。
この陣容にビビったか、犯人はすぐさま盗んだ事実を認めたのだが、
村長はその裁定を盗まれた当事者に委ねたのだった。
「盗みは明らかなのだから、警察に突き出そうが、殴ろうがあなたの自由だ」と宣言したのである。
しばらく考えた当事者は苦笑しながら
「親戚だし、まだ若いのだから、米を返してくれればそれでいい。
それにしても、なんでこんな間抜けな盗み方をしたのか」と犯人に訊く。
と、犯人も苦笑しながら「親戚だから、そのうちに返すつもりだった」
と答えて大笑いとなった。
このノホホンとした問答。
その場の全員が裁定に賛同し、
書記役がノートにその旨を記した上で全員の署名を求めた。
この窃盗事件は村の笑い話になり、後腐れは一切なかったようだ。

また、こんな事件もあった。
ある中年男性が、親しい幼馴染みの女性とその亭主を相手に喧嘩沙汰を起こしてしまったのだ。
その原因は、幼馴染みのふたりが仲がいいので亭主が焼き餅を焼いて、
ありもしない不倫関係などを口汚く罵ったことにある。
その男性は右目と太腿に青痣、亭主と亭主の加勢に回った女房も手足に打撲傷という痛み分けに終わったものの
両者が村長に訴え出て、「これは大事件!」とばかり、
今度は村の衆全員が公民館に招集された。
むろん私も顔を出したのだが、両者の話をよくよく訊くと
先に手を出した男性が怒るのも無理はないと思われた。
悪いのは勝手に邪推した亭主であり、亭主の邪推を諌めもせずに木切れを持ち出して加勢に回った女房に違いない。
村長は、集まった古老たちに意見を求めたのだが、議論続出。
それぞれの姻戚関係などもからんで、なかなか結論が出ない。
亭主の一族などは、「金を払え!」と見苦しいほどにいきりたつ。
ここで、俯き加減にじっと話を聞いていた村長が顔をあげた。
「あんたが怒るのはもっともだが、理由はともかく相手の家で喧嘩沙汰を起こしたことは許されない。
だから、罰金500バーツを支払うように」
当然、言われた男性は不満をあらわにする。
亭主の一族は、ざまみろとばかり歓声をあげる。
村長、それを制して「ただし、その罰金は迷惑料として村に収めてもらい村のために有効に使うことにする」
亭主の一族は肩すかしを喰らったように唖然とし、
男性は苦笑しながらその裁定を受け入れた。
遠巻きに成り行きを見守っていた大半の村の衆から、静かな拍手が起こった。
こうなると、亭主一族も裁定に従うしかないだろう。
書記役がノートに裁定内容を記し、関係者一同の署名を促した。
署名をした以上、もうこの問題を蒸し返すことはできないのだ。
なんか、いいよなあ、このトラブル解決法。
私は妙にすっきりした顔になった男性に握手を求めて、「良かったね」とこっそりささやいた。


(キャプション)





仲良く歩かないと田んぼに落っこちるのだ、ワン!










































 

 

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